女性たちの関係を自然体で描く作品集

文=橋本輝幸

  • チャーチ・レディの秘密の生活
  • 『チャーチ・レディの秘密の生活』
    ディーシャ・フィルヨー,押野 素子,榎本 空,小澤 英実
    勁草書房
    2,640円(税込)
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  • 私が死なねばならぬなら: 21世紀パレスチナ短篇集
  • 『私が死なねばならぬなら: 21世紀パレスチナ短篇集』
    リフアト・アル=アルイール,藤井 光
    河出書房新社
    3,245円(税込)
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  • J・J・J三姉弟の世にも平凡な超能力 (チョン・セランの本 07)
  • 『J・J・J三姉弟の世にも平凡な超能力 (チョン・セランの本 07)』
    チョン・セラン,古川 綾子
    亜紀書房
    1,760円(税込)
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  • 歌、燃えあがる炎のために (フィクションの楽しみ)
  • 『歌、燃えあがる炎のために (フィクションの楽しみ)』
    フアン・ガブリエル・バスケス
    水声社
    4,527円(税込)
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 ディーシャ・フィルヨー『チャーチ・レディの秘密の生活』(押野素子訳/勁草書房)は一九七一年生まれ、フロリダ州出身の著者のデビュー作品集。全米図書賞の最終候補となり彼女を一躍有名にした。

 収録作の共通テーマのひとつは「いい子」だろう。複数の作品で敬虔なクリスチャンと、そうではない女性の間の溝が描かれる。九作中三作は女性に性愛感情を抱く女性が主役だが、似通った印象ではない。長年の親友と性的関係を持ちつつ、彼女が女性同士のセックスをセックスと認識せず、男性との結婚を夢見るのに傷つけられる女性。故郷を捨てて寒い土地でパートナーの女性と駆け落ちして暮らすが、つい温暖な故郷や敬虔な母を恋しく思う女性。日記に牧師の妻への欲望や親友へのいらだちを赤裸々に書き、掃除中に盗み読んだ祖母を仰天させる少女。みな異なる。著者はインタビューでクィア性や母娘関係を意識してはおらず、ただ自分や友人の気持ちや体験をありのままに書いたと語る。確かに書きぶりはいたって自然体だ。

 リフアト・アルアライール編『物語ることの反撃 パレスチナ・ガザ作品集』(藤井光訳、岡真理監修・解説/河出書房新社)は編者の死後、二〇二四年に刊行された「追悼版」をもとにしている。リフアト・アルアライールはガザ・イスラーム大学を卒業後、英国で修士号、マレーシアで博士号を取得したパレスチナ人だった。母校に就職し、学生の指導に情熱を注いだ。一四〇〇人以上が命を落としたイスラエルの軍事侵攻「キャストレッド作戦」をきっかけに、彼は教え子たちに小説を書かせた。選ばれた作品が二〇一四年に米国の小出版社からGaza Writes Backと題して刊行され、同年末にそのうちの二作が『早稲田文学』に掲載された。そして今回、全訳されたわけだ。編者はイスラエル軍の空爆で命を奪われた。彼以外の十四名の執筆者のうち六名とも連絡がとれない。

 イスラム教徒はしばしば非イスラム教徒から理解や共感の対象外に置かれる。敵意や偏見がそうさせる。本書の収録作はほぼすべて英語で書かれた。パレスチナ人が大学に通い、英語で執筆でき、人間として痛みや恐怖にさらされていることを世界に発信している。編者本人の作品「家」はイスラエルに占領された自宅に密かに戻り、爆弾をしかける老いた男の話だ。実は爆弾は起爆しないようになっている。不発の爆弾をあえて自宅に設置した男の意図は、イスラエルのメディアには単なるテロ未遂として報じられ、託した願いは消えてしまう。作家たちの意図が消えることなく、本書が読まれ続けるよう願う。

 チョン・セランの短い長編『J・J・J三姉弟の世にも平凡な超能力』(古川綾子訳/亜紀書房)は『フィフティ・ピープル』や『保健室のアン・ウニョン先生』で好評の韓国人作家の新刊だ。ユーモラスで心温まる。母親との付き合いに悩まされる三姉弟。長女ジェインは企業の研究者として韓国の地方都市で暮らし、長男ジェウクはプラント建設のために中東の砂漠に赴任する。二人と十歳以上年下の末弟ジェフンはまだ高校生で、母にむりやり申しこまれてアメリカの片田舎に留学する。ジェウクの赴任を前に一緒に食事に行った三人は、蛍光色のアサリを食べて特殊能力にめざめる。ジェインは爪がとても硬くなり、ジェウクは危険が色として見え、ジェフンはエレベーターを早く呼べる。等身大の人間がささやかな力で身の回りの人を助ける、ちょうどよいサイズ感。脇役たちも魅力的で忘れがたい。

 フアン・ガブリエル・バスケス『歌、燃えあがる炎のために』(久野量一訳/水声社)は、一九七三年生まれにして現代ラテンアメリカ文学のトップランナーの短編集である。コロンビアの作家、ジャーナリスト、翻訳家であるバスケスの日本語訳はこれで五冊目を数え、著作の半ばが邦訳された。彼は語られざる歴史を追い、熱く巧みに語る。

 巻頭作「川岸の女」は、語り手の知人の女性写真家ホタの体験談を基にしている。ホタは二〇年ぶりに訪れた牧場で、前回出会った女性に再会する。かつて彼女は首都から政治家に同伴して牧場を訪れ、乗馬中の事故で生死の境をさまよっていた。当時、政治家の態度から二人の関係を察したホタは、今あらためて正解を知る。「悪い知らせ」の語り手はジョンという男から、ヘリコプター操縦士の親友について話を聞く。しかし実はジョンには語らなかった罪があった。表題作の語り手は、教会への埋葬を許されなかった者たちが眠る自由墓地で、樹木の銘板を墓標代わりにされた女性を見つけてその生涯を調べた。末文には「燃えあがる炎のために歌を作ることを運命づけられたぼくら」という一節がある。著者は正統な歴史や家系図からこぼれおちた人を書かずにはいられない。執筆のみが過去の悲しみのなぐさめとなる。

 エヴァン・ダーラ『失われたスクラップブック』(木原善彦/幻戯書房)は「ポスト・ポストモダン作家」による特異な趣向のアメリカ文学だ。著者は本名も年齢も不明である。本書は一九九五年に出版されたデビュー作で、二段組で約五五〇ページに及ぶ大作。最後のページ以外で句点が使われていない。この文体が、まるで他者の思考を傍受しているような読書体験を生み出す。語り手は合図もなく入れ替わるし、妄想やあやしげなアイディアらしきものも出てくる。入れ替わり立ち替わる語りは、まるでラジオのダイヤルを回して様々な周波数を拾い上げるようだ。とりとめなく続くかと思いきや、物語は後半で、ある町の環境問題に収束し、誰もが巻きこまれる。

(本の雑誌 2025年3月号)

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●書評担当者● 橋本輝幸

1984年生まれ。書評家。アンソロジストとして『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』、共編書『走る赤 中国女性SF作家アンソロジー』、自主制作『Rikka Zine vol.1』を編集。
現在、道玄坂上ミステリ監視塔(Real Sound)や「ミステリマガジン」新刊SF欄に寄稿中。

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