【今週はこれを読め! エンタメ編】人生の真理が詰まったYA〜小嶋陽太郎『カンフー&チキン』

文=松井ゆかり

  • カンフー&チキン (teens’best selections 60)
  • 『カンフー&チキン (teens’best selections 60)』
    小嶋 陽太郎
    ポプラ社
    1,650円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

 最近なんというか、いわゆる児童文学もしくはYA(ヤングアダルト)作品にこそ人生の真理が詰まっているのではないかという気がしている。だって、その頃に学んだことってほんと大切だから。その後の人生を生きていくうえで身につけておいた方がいいことって、「早いうちに知っておきたかった!」と思うし。本書は、2020年に静岡新聞日曜版「週刊YOMOっと静岡」に連載されていたものに大幅加筆・改稿したものだそう。いまちょっと検索してみたところ、「週刊YOMOっと静岡」は小中学生向けの内容のようだ。将来静岡県出身の若者たちだけが、著しく人間的成長を遂げているというデータが収集されるような結果となったら不公平が生じるのではと案じてしまう。各都道府県の新聞社は速やかに、小嶋陽太郎に連載の依頼をすべきであろう。いや、全国紙がその責務を果たす方が、話が早いかも。

 主人公の松林竹人は、夜明第三中2年2組。歯科医の父が息子の竹人に求めるのは、勉強に励んで県内一の名門私立高・慶徳学園に入ること。そのため、竹人は部活にも入らず、その日も復習に取りかかるために塾からの帰り道を急いでいたのだった。それなのに、竹人は路地裏で3人の不良に絡まれて、財布を巻き上げられてしまう。そのうえ、かばんから落ちた生徒手帳を拾われ、名前や通っている学校を知られることに。不良たちは、半年くらい前から夜明市で悪さを続けている、夜明スコーピオンという高校生のグループの一員らしい。

 そこへ突然、「トゥルルルルルアキャー!」という音が。あたかも「激高するサルの鳴き声のような」その音を発したのは、民家の塀の上にいる「巨大なカマキリのような形の影」。影の正体は、竹人と同じクラスの伊倉源十郎(クラゲ)だった。

 クラゲはいつも一人。その奇行ゆえ、学校でも浮いている。竹人の評価も、「見ていてイライラするし、ある意味僕のもっとも嫌いなタイプの人間だ」と手厳しい。クラゲは自信満々で自分の気功術がわるものの動きを止めたと主張するが、結局は現場近くのラーメン店の店主が現れたことで3人組も逃げていったので、なんとかそれ以上の危機は回避された。クラゲの変人ぶりに辟易した竹人は、翌日学校でもなんとか彼を避けようとするが、向こうはふたりでわるものと戦おうと勢い込んでいる。冗談じゃないと思いながら、なぜか竹人の足は、クラゲとの待ち合わせの場所に向かってしまい...。

 竹人には、一樹という兄さんがいる。兄さんもやはり慶徳学園を目指していたのだが、一方で中学時代は陸上部に所属。成績が落ちてきたことを理由に部活を辞めるよう迫った父さんに対して、「俺の陸上の意味は俺にしかわからない」と反論したこともあった。速い選手とはいえないながら引退まで好きな陸上に打ち込み、その後はひたすら受験勉強のみに邁進したが、慶徳学園には合格ならず白洋学園の特別進学科に通うことに。そして2か月ほど後、兄さんは学校に行かなくなった。父は兄さんについて「あいつはもうだめだ」と語り、竹人には「寄り道をして自己満足の無駄な活動にうつつを抜かせば落伍者になる」「役に立つことと役に立たないことを見極めて努力をしろ」といった発破をかけるようになったのだった。

 しかし今、竹人は父さんの言うことが正しいのかどうか確信が持てなくなっている。その複雑な思いが竹人をクラゲとの待ち合わせの場所に走らせ、窮地を救ってくれたもうひとりのクラスメイト・三森花と3人で「朝ガエルズ」を結成させた一因にもなっているといえよう。「朝ガエルズ」のひとりひとりは、どちらかというとクラスでは浮いた存在だ。竹人はガリ勉、三森も友だちが少ない、クラゲは言わずもがな。

 しかし、竹人はかけがえのない友情や大切な人とのつながりを取り戻した。これは、クラゲにしても三森にしても同様。もしも彼らが、自分の世界だけに閉じこもっていたら手に入れられなかったものだ。「朝ガエルズ」の活動が登場人物たちの心を動かして、驚きのクライマックスへ進んでいくさまをぜひお読みになって確かめていただきたい。

 父さんのいうことはまったくの誤りというわけではない。将来のことをしっかり考えることも、立派な大人になるための努力をすることも、やっておくに越したことはないと思う。けれど、未来のために現在のほとんどを犠牲にしろと言われても納得するのは難しい。いまやりたいことには打ち込んで、その結果がどうなっても自分自身で受けとめればいい。そもそも、何が役に立って何がそうでないかなど、ずっと先になって初めてわかることだ。何よりも、友だちや家族との関係については後回しにしてはいけない。10代のときにしっかりと向き合えないようなことは、多くの場合40になっても50になってもしんどいのではないだろうか。小嶋さんは児童文学の枠組みを使って、大人も気にかけた方がいいことを訴えかけているのだと思う。この文章の冒頭で私はこの作品をリアルタイムで読み進める場を持てた小中学生たちをうらやましがったけれども、いま読みたい本はどんどん読めばいいのだと考えると、ここは大人の出番でもあるってことだ(もちろん、連載当時読みそびれた小中学生たちも)。

(松井ゆかり)

« 前の記事松井ゆかりTOPバックナンバー次の記事 »