シリーズ堂々の最終巻『書楼弔堂 霜夜』に涙で拍手!
文=梅原いずみ
完結巻をリアルタイムで迎えられるのは、何ものにも代えがたい喜びである。〈巷説百物語〉シリーズに続き、京極夏彦による〈書楼弔堂〉シリーズは第四巻『書楼弔堂 霜夜』(集英社)にて、堂々の完結だ。
「書楼弔堂」シリーズは徹頭徹尾"本"の物語である。中心には迷える人々と本をめぐり合わせる書楼弔堂があるが、主人公は弔堂主人でも各巻の語り手でもなく、"本"という媒体そのもの。『霜夜』の視点人物となる悩める青年・甲野は、日本美術史研究の祖・岡倉天心や帝國圖書館初代館長の田中稲城、植物学者の牧野富太郎らと弔堂で出会い、気づきを得ていく。活版印刷に用いる活字の元の字を作ろうとしている甲野の歩みは、そのまま現代の出版流通の歴史と重なる。最終巻として、これほど相応しい語り手もいない。
完結巻の本作には、過去作の登場人物たちのその後が伺える描写、思わぬ人々の気配も感じられる。これをシリーズ読者に向けたサービスで終わらせないのが、京極夏彦という作家だ。
最終話の六話目「誕生」で弔堂主人は、後世に文化を繋ぐことについて語る。明治二五年の『破曉』から五年ずつ進んでいった物語は、『炎昼』『待宵』そして『霜夜』で明治四〇年を迎えた。弔堂の在り方も、移り変わる時代の中で問われている。一抹の寂しさを覚えたところで、ふと気づいた。『霜夜』には、あちこちで過去作の人々が顔を出す。その存在は、書楼弔堂が繋いできたものが新しい時代、次の世代へと確かに引き継がれたことの証に他ならない。読者サービスが仕掛けとなって涙腺を破壊しに来るとは......! 完結に大きな拍手を送る。
同じく明治時代を背景に、こちらは本ではなく"言葉"の物語である。柳広司『パンとペンの事件簿』(幻冬舎)。全四話の連作短編集で、舞台はパンのためにペンを売る──文章に関する依頼ならば何でも引き受ける、かつて実在した組織・売文社。社長の堺利彦を筆頭に、大杉栄や荒畑寒村など個性豊かな売文社一味が時に鮮やかに、時に突飛な方法で事件を解決していく。
Audibleで先行配信された作品であるため、主人公である"ぼく"の視点で進む物語の語り口は、軽妙でユーモラス。近現代の日本史に明るくなくとも、一気に引き込まれる筆致だ。一方で、〈ジョーカー・ゲーム〉シリーズ同様本作にも現代に通じる痛烈な風刺が込められている。作中当時は大逆事件の影響で、社会主義者が悪鬼羅刹のごとく目されていた。では、"ぼく"が見た売文社の面々も極悪人だったのか? 詳細は伏せる。ただ、世間で当たり前と思われていることも、角度を変えると違う姿が見えてくる。堺たちは、そのことを誰よりも知っていた。「弾圧を茶にし、笑いのめすことが、時には抵抗の有効な手段となる。そのために必要なのは(略)言葉の技術である」。"文"の力を正しく信じた売文社一味の活躍をご覧あれ。
久住四季『神様の次くらいに 人の死なない謎解きミステリ集』(創元推理文庫)は、主にライトノベルで活躍する著者のノンシリーズ短編集。〈日常の謎〉作品が5作収録されていて、新米の小学校教員が悪戦苦闘する「さくらが丘小学校 四年三組の来週の目標」や、青春ミステリの「ライオンの嘘」など、どれも着眼点に捻りがある。
中でも、表題作が特に良い。憧れの先輩をデートに誘った大学生の主人公は彼女から快諾を得るものの、「家電量販店に行こう」と提案され、開店前行列に並ぶことに。そこで二人は、ある出来事に遭遇する。それは謎というにはあまりにささやかで、裏を返せば私たちの普段の日常と地続きの出来事とも言える。ゆえに「人間はもう少し優しくならなくちゃ。そう、できれば神様の次くらいに」という先輩の言葉が優しく光るのだ。最近こころが荒んでいる方に、ぜひ届いてほしい短編集である。人間への愛や信頼を、少しだけ回復できる。
新名智『虚魚』や北沢陶『をんごく』など、ここ数年の横溝正史ミステリ&ホラー大賞の受賞作は注目作が多い。織部泰助『死に髪の棲む家』(角川ホラー文庫)は、本年の〈読者賞〉受賞作。ホラー文庫からの刊行だが、三重の密室を埋め尽くす大量の髪、死体の入れ替えなど、謎解き成分強めな怪奇ミステリである。
長い髪の幽霊が現れる屋敷を舞台に、序盤からホラーと思ったらミステリ、ミステリと思ったらホラーと、ジェットコースター並みの急展開が続く。物語の核となるのは、「髪」にまつわるおぞましい因習と妄執に囚われた一族の秘密。背筋粟立つ事件の謎を、探偵役が「豆腐小僧の制約」など妖怪を例にした論理を用いて解き明かしていく。三津田信三や京極作品好きにはたまらない展開だ。語り手の売れない作家と探偵役をはじめ、各登場人物の会話には本筋を邪魔しない程度に笑いが仕込まれていて巧い。個人的には、中盤で登場する重量級の身体を持つ御曹司刑事の話をもっと読みたくなった。警部、健康に問題を抱えてはいませんか......。繰り返しになるが本作がホラー文庫から刊行されていることは、最後まで忘れぬよう。
その他、坂だらけの町で文豪たちの物語が動き出す連作短編集の中島京子『坂の中のまち』(文藝春秋一六〇〇円)、タイトルから意味深な全五作を収録した短編集の水生大海『その噓を、なかったことには』(双葉社)も、意外な謎と企みを堪能できてオススメ。
(本の雑誌 2025年2月号)
- ●書評担当者● 梅原いずみ
ライター、ミステリ書評家。
リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」、『ミステリマガジン』国内ブックレビューを担当。1997年生。- 梅原いずみ 記事一覧 »