飛浩隆『鹽津城』表題作はオールタイムベスト級の傑作だ!
文=大森望
今月は日本SFを代表する作家たちの短編集が揃った。中でもひときわまばゆく輝くのが、飛浩隆『鹽津城』(河出書房新社)★★★★★。贈り主そっくりの花を咲かせるという植木のギフトが夫から届く「未の木」、カリスマ的な首相の大胆な政策で日本がV字回復を果たす「流下の日」、「海の指」の世界を幻視する主人公の選択を描く「鎭子」など、年間ベスト級の作品が揃うが、92頁の巻末中編「鹽津城」の印象が圧倒的。小説は三つのFacet(相)に分かれる。1は、09年にL県沖で発生した大地震が巨大な鹵津波を引き起こした世界線。海水から分離した数千万トンの鹵がつくる天然の構造物〈鹽津城〉が原発を密封している。2は体内に塩分濃度が異常に高い線条を形成する原因不明の奇病〈鹹疾〉が蔓延する世界線。統木治人の漫画『鹹賊航路』が15年間に60億部を売る大ヒットを記録したが、1年前から連載が中断している。3は〈鹵攻〉の進展により日本の人口が100万以下にまで激減した遠未来。2が1と3の外枠のようにも見えるが、1や3の出来事が2にも浸透し、小説の進展とともに複雑にからみあう。プリーストの『隣接界』を中編に圧縮したような読み応え。オールタイムベスト級の傑作だ。
藤井太洋『まるで渡り鳥のように 藤井太洋SF短編集』(創元日本SF叢書)★★★★は、'15〜'24年発表の11編を収める。21番目のアミノ酸をつくれるように改造された大腸菌をサラダジャーに詰めたバイオコンピュータが世界を一変させる「ヴァンテアン」、ペッパーくん(的な人型ロボット)がおうむ返し型対話エンジンを搭載して華麗な復活を遂げる「おうむの夢と操り人形」はともに《年刊日本SF傑作選》再録作。国外の媒体向けに書かれた作品が5編あり、うち3編は中国向けの春節SF。「祖母の龍」では、まだ見ぬ祖母に会うため春節休暇中の業務を補助するアルバイトに応募して軌道ステーションにやってきた主人公が太陽フレアに遭遇する。オリジナル・アンソロジーの The Digital Aesthete に寄稿された「読書家アリス」では、編集支援AIを駆使して働く近未来のSF雑誌編集者の日常が描かれる。
宮内悠介『暗号の子』(文藝春秋)★★★★は、テクノロジーをテーマにした(非SFも含む)'19年〜'24年発表の全8編を収める。〈文學界〉24年10月号に掲載されたばかりの表題作は、ASD自助グループに参加した主人公が炎上にさらされたことをきっかけに立ち上がるアクチュアルな社会派青春小説。「ローパス・フィルター」「明晰夢」「最後の共有地」は、架空の新技術をノンフィクション風に描くリアルな近未来SF。"宇宙へ行きたいと思わなくなって、どれくらいが経つだろう"という独白で始まる「ペイル・ブルー・ドット」はイーロン・マスク時代の宇宙小説。会社で人工衛星のソフトウェア開発に携わる"わたし"が、たまたま知り合った小学6年生のキューブサットづくりを手伝ううち、失いかけていた宇宙への情熱をとり戻す。藤井太洋の前掲書と並べて読みたい。
人間六度『推しはまだ生きているか』(集英社)★★★½は〈小説すばる〉掲載の6編を収録。巻頭の「サステナート314」は世代宇宙船内の超サステナブル都市を舞台にしたディストピアSF。巻末の「福祉兵器309」はその宇宙船が植民したとおぼしき惑星の過酷な未来の話。怪獣(老骸)化する老人を退治する(=福祉を実行する)ため、福祉省は福祉兵器を派遣する......。表題作は配信が途絶えた推しのもとに凸る途中で同担と出会う話。粗もあるが、勢いが素晴らしい。
坂崎かおる『箱庭クロニクル』(講談社)★★★★は、女性同士の関係性を軸にした6編を収める(『嘘つき姫』よりSF度はさらに低め)。昭和初期、邦文タイピストの学校に通う主人公が中国人の先生と出会うところから始まる「ベルを鳴らして」は、今年の日本推理作家協会賞短編部門受賞作だが、実は'23年の創元SF短編賞落選作。「将来作者の商業短編集が編まれたらそこに含まれておかしくない、いい小説だった」という宮澤伊織の予言的な選評以上の評価を得た恰好だが、たしかにSF成分を抑制しすぎた(渋く書きすぎた)感はある。まあ、SF短編賞を獲っていたらたぶん推協賞の受賞はなかったので結果オーライと言うべきか。「あたたかくもやわらかくもないそれ」は、ゾンビ・パンデミックと呼ばれる感染症が蔓延するなかで子供時代を過ごした語り手の過去と現在が絶妙なタッチで対置される。著者の技巧が冴え渡る(冴え渡りすぎる?)作品集。
日本SF作家クラブ編『AIとSF2』(ハヤカワ文庫JA)★★★★は734頁の巨大書き下ろしアンソロジー。巻頭の長谷敏司「竜を殺す」は199頁の新作長編。AIを使ってSFを書く近未来の兼業作家の仕事ぶりを詳細に語る一方、息子がとつぜん傷害致死容疑で逮捕される事態に直面した父親の狼狽と覚悟が物語の軸になり、ミステリ的な決着に向かう。実際にChatGPTを使って書いたという樋口恭介の「X7329」は、AI化した人間が森を徘徊するニューウェーヴ風の短編。その文章力に戦慄する。文学(および人文科学全般)にとってさらに恐ろしい未来を語るのが塩崎ツトム「ベニィ」。文系学生向けにLLMを提供する事業を展開している"わたし"が語るスピゲル家(サリンジャーのグラース家が下敷き)の物語は、1950年代に実現していたニューラル・コンピュータをめぐる驚愕の偽史に分け入る。他に茜灯里、揚羽はな、池澤春菜、海猫沢めろん、円城塔、黒石迩守、津久井五月、人間六度が寄稿。もうスペースがない。大量に積み残して次号へ。
(本の雑誌 2025年2月号)
- ●書評担当者● 大森望
書評家、翻訳家。責任編集の『NOVA』全10巻と、共編の『年刊日本SF傑作選』で、第34回と第40回の日本SF大賞特別賞受賞。著書に『21世紀SF1000』『同 PART2』『新編 SF訳講座』『50代からのアイドル入門』など。訳書に劉慈欣『三体』(共訳)、テッド・チャン『息吹』など。ゲンロン大森望SF創作講座」主任講師。
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