隣人同士の〝いやんべ〟な距離を描く白尾悠の小説が好きすぎる!

文=久田かおり

  • 隣人のうたはうるさくて、ときどきやさしい
  • 『隣人のうたはうるさくて、ときどきやさしい』
    白尾 悠
    双葉社
    1,870円(税込)
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  • 青い絵本
  • 『青い絵本』
    桜木 紫乃
    実業之日本社
    1,540円(税込)
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  • 人魚が逃げた
  • 『人魚が逃げた』
    青山 美智子
    PHP研究所
    1,760円(税込)
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  • 婚活マエストロ
  • 『婚活マエストロ』
    宮島 未奈
    文藝春秋
    1,760円(税込)
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  • 死んだ木村を上演
  • 『死んだ木村を上演』
    金子 玲介
    講談社
    1,925円(税込)
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  • 小説
  • 『小説』
    野崎 まど
    講談社
    2,145円(税込)
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 読み終わってすぐの感想が「やばい!めっちゃいい!好き!好きすぎる!」という語彙力のカケラもないものだったのが、白尾悠の『隣人のうたはうるさくて、ときどきやさしい』(双葉社)だ。同じ屋根の下で暮らす隣人同士の「いやんべ(いい塩梅)」な距離が描かれている。心地よい暮らしを作るために住人が協働するコミュニティ型マンションを舞台に、その住人たちがそれぞれ抱える困難を隣人の手を借りて少しずつ乗り越えていく。

 家庭の事情で一人暮らしを余儀なくされた高校生が、妻を喪ったシングルファザーが、発達障害の息子たちを持つ両親が、いろんな形で手を借りたり貸したりする。べたつかない、土足で踏み込まない、けれどいつもどこかに誰かの気配を感じる毎日。困っていると言えない人に、「困っていると言っていいんだよ」と感じさせる雰囲気。押しつけがましくない心地よさ。衝撃的な事件が起きなくても、大きな変化が訪れなくても、人は誰かと共にそこに在り、そして毎朝起きて食べて寝て生きているのだ。

 桜木紫乃の新刊『青い絵本』(実業之日本社)がしみじみとよい。これは全方位にそっと押し付けたいしみじみさだ。あの桜木紫乃が「絵本」だとっ!?と多くの人が思うだろう。自分を傷つけ、相手も傷つけ、それでもまっすぐ前を向いて己の足で歩き続ける強い女を描いてきた桜木紫乃が、迷ったり間違ったりしながら誰かと一緒に踏み出す温かさを描くなんて!と。しかしこれがとてつもなくよきなのだ。

 五つの物語。五つの人生の岐路。夫との、姑との、息子との、編集者との、そして母との、新しい一歩を踏み出す分かれ道。作中作の絵本と共に選んだ一歩はどれもが尊い。

 もう一つ、尊い一歩を。四年連続で本屋大賞にノミネートされている青山美智子の『人魚が逃げた』(PHP研究所)はファンタジックで優しい青山小説らしい魅力にあふれている。

 アンデルセン童話『人魚姫』から飛び出した王子が銀座で人魚を探しているという。SNSで拡散された王子の目撃談。TVのしこみか、YouTuberの配信か。そんな王子との邂逅が悩める者たちの背中を押してくれる。五人が選んだ温かい未来に微笑みながらめくるページ。だがしかし、そもそもこの王子って何者だったのか? 彼がTVに向かってつぶやいた言葉の本当の意味は? ホカホカのちニヤリなエピローグが心地よい。

 発売後一年以上経ってもまだ売れ続ける唯一無二のモンスターキャラ「成瀬」。彼女を生み出した宮島未奈の新作『婚活マエストロ』(文藝春秋)は主人公が四十歳独身男子。しかも舞台は婚活市場ときたもんだ!

 フリーライターといえば聞こえがいいが、学生時代から同じアパートに住んでいるという時点で勝ち組ではないことがわかる猪名川。そんな彼がひょんなことから関わり始めた婚活企業。紹介記事を書くだけだったのに「婚活マエストロ」と呼ばれる鏡原の仕事ぶりに接するうちになぜか自らイベントの手伝いまですることに。後半現れる成瀬っぽいキャラに心躍らせながら、楽しくあっという間に読了。でも実はとてもシビアにアラフォー世代の現実も描かれている。かつては当たり前にあった平凡な生活が夢物語にしか見えない世代。努力は報われず、成功とは程遠い人生。それでも毎日疲れた身体をぶら下げて生きていく彼らにだって小さくてもささやかでも幸せだと思える明日がきっと来る。

 デビューしたあと、一年も二年も二作目が出せない作家も多いというのに、なんと一年の間に三作も出してしまった金子玲介の「死んだ」シリーズ第三弾に注目。

 スピーカーへの憑依、大人数のデスゲーム、ときて次はなんじゃ!と誰もがわくわくして待ち望んだ『死んだ木村を上演』(講談社)は上演劇型会話ミステリだ!!

 八年前、大学の演劇研究会の合宿で中心人物木村が突然自殺した。その真相に迫るため、合宿メンバーが同じ場所に集められる。召喚したのは自殺した木村の年の離れた妹。彼女の求めに沿って彼らは「あの日」の出来事を演じ始める、というストーリー。再現されるそれぞれの動き、臨場感あふれる会話。時折湧き出る情動。あの日、本当は何があったのか。それぞれが隠し持つ過去。終盤明らかにされていく秘密たち。そこにこめられた複雑な感情。あこがれと嫉妬、愛情と憎悪。それぞれの木村への思いの吐露。演じることでしかたどり着けなかったあの日の木村の、本当の最期。

 野﨑まどの『小説』(講談社)を読み終わってからずっと考えている。私はなぜ小説を読むのか、なぜ書かないのか。

 十二歳の二人の少年、本を読むことが大好きな内海と本を読んだことのなかった外崎。二人は謎の小説家の住むモジャ屋敷で本を読みながら中学生、高校生と成長していく。やがて二人は「小説を書く」という岐路で別々の道を歩き始める。長い時間を経て再び出会う二人。小説を読むことと書くことの違いとは。読むだけじゃダメなのか。彼らがたどり着いた答えに思わず震えた。

 読むことに理由を求められ続けた本読みたちが、きっぱりと笑顔で口にできる答えがここにあった。これはただただ読み続ける自分を全力で肯定してくれる福音の書だ。

 リアルからファンタジーをかすりつつ物理を超えてたどり着くラスト。
 ジャンル「野﨑まど」
 タイトル『小説』。
 本好きたちよ、心を無にして溺れたし。

(本の雑誌 2025年1月号)

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●書評担当者● 久田かおり

名古屋のふちっこ書店で働く時間的書店員。『迷う門には福来る』(本の雑誌社)上梓時にいただいたたくさんの応援コメントが一生の宝物。本だけ読んで生きていたい人種。最後の晩餐はマシュマロ希望。地図を見るのは好きだけど読むことはできないので「着いたところが目的地」がモットー。生きるのは最高だっ!ハッハハーン。

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