第174回芥川賞選評を読んで徹底対談。杉江「畠山丑雄の一番本質的な部分を衝いた島田雅彦氏」マライ「吉田修一氏の、やっぱり純文の新人って面白いなーに代表される豊作回でした」

選評を読むまでが芥川・直木賞。『文藝春秋』に掲載される選評を読んで〈職業はドイツ人〉マライ・メントラインと〈書評から浪曲まで〉杉江松恋のチームM&M(『芥川賞候補作全部読んで予想・分析してみました』〈第163回〜172回〉発売中)があれこれ考える対談がやってまいりました。3月25日に行われた対談の模様をお伝えいたします。第174回芥川賞選評を読み解きますよ。直木賞編はコチラ

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■第174回芥川龍之介賞候補作
久栖博季「貝殻航路」(『文學界』12月号)初
坂崎かおる「へび」(『文學界』10月号)2回目
坂本湾「BOXBOXBOXBOX」(『文藝』冬季号)初
鳥山まこと「時の家」(『群像』8月号)初→受賞
畠山丑雄「叫び」(『新潮』12月号)初→受賞
選考委員
小川洋子、奥泉光、川上弘美、川上未映子、島田雅彦、平野啓一郎、松浦寿輝、山田詠美、吉田修一

目次
▼久栖博季「貝殻航路」「なんとなく」じゃなくてもっと考えるのが文学
▼坂崎かおる「へび」作家が選考委員となっていることの意味
▼坂本湾「BOXBOXBOXBOX」選評で最も「読み」の盛り上がりを見せた
▼鳥山まこと「時の家」私たちが思う芥川賞らしさが詰まった小説
▼畠山丑雄「叫び」西日本出身者と東日本出身者で「評価」が違った?
▼芥川賞選評総括●少し焦るほどの豊作回でした

久栖博季「貝殻航路」「なんとなく」じゃなくてもっと考えるのが文学

杉江松恋(以下、杉江) 小川洋子さんが、今回はさまざまなモノとモノが触れ合ったときに生み出されるものを描いた作品が揃った、という主旨のことを書かれていて、その方向からこの作品にも触れていましたね。“本来ばらばらに散らばっているはずの点と点に、ふと橋が架かる。その瞬間に立ち合えたのは幸福だった”(小川)。そういう視点で読めることに気づかせてもらえるのが選評の力だと思います。

マライ・メントライン(以下、マライ) 主張のベクトルはいいんだけど、という前提で本作には選考委員諸氏からの直球ツッコミがいちばん多かった印象があります。特に山田詠美氏の“作者自身が文学的と思い込んでいる描写を全部削ってみたらどうだろう”という指摘は、私が作者だったら吐血確定ですよ (笑)。それをもうちょいソフトに述べたのが平野啓一郎氏の“文体の洗練への拘りが、父の暴力への娘の憎悪や夫のアイデンティティの屈折など、必須の要素を掬いきれなかった点に難を感じた”でしょうか。

貝殻航路
『貝殻航路』
久栖博季 / 文藝春秋 / 円(税込)
あらすじ
夫の〈あめみや〉が半年前から不在のため、道北の町で一人暮らす〈わたし〉はある日、彼の妹である〈夕希音〉の運転する車に乗り、幼少期を過ごした北方領土の見える町へ向かう。
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杉江 平野さんの指摘は、文章が詩的なのはいいけどそれだけじゃね、だと思うのですが、山田さんのは「ん、ここ芥川賞なんだけど、その表現で本当にいいと思ってるの」ではないかと。“〈わたしは銀色の涙に乗って国道四十四号線を走っていく〉に至っては…シティポップ?”(山田)これ、ノックダウン級に辛いです(笑)。

マライ 川上未映子氏の“たとえばバットで犬を殴り殺すような父親に、同じくバットで殴られるような日常を経験してきた娘の従順さ、無抵抗ぶりに物語として必然性を与えるには、もう一手が必要だ”や、川上弘美氏の“語り手と夫との関係がやがて小説の中で遠景になってしまい、夫の妹である「夕希音」だけに彩色がされているような、その作者自身の視線のカメラワークに、若干の迷いを感じてしまった”は、私もうっすら感じていたサムシングが見事に言語化されている感があって、私なんかは「いやー、純文っていう場なんだから【純文ぽい】文章ということでこれもいいっしょ!」と勝手に納得して読んでいたんで、こういう賞の候補になるってマジ怖いなと思いました(笑)。

杉江 夫の妹である夕希音は当事者ではなくて第三者だから、夫ないし本人に彩色という形で焦点が合うのであれば意味があるんだけど、第三者に合わせてしまうのはピンぼけだぞ、ということかと思いました。全般的に、文学的詩情を催す書きぶりであることは一定の評価を得たと思うのですが、その底にあるものを見透かす評が目立ったように感じます。たとえば“事象が、抒情を生む目的で配置されたと見えてしまう憾みが残った。また小説の主軸である主人公と父親の関係への想像力が不十分に思えた”(奥泉)。これ、計算が見えちゃってるよ、ということですよね。

マライ あざといぜ! みたいな。

杉江 マライさんが挙げられた川上弘美さんの指摘もそうなんですが、単に「あるもの」を描いているだけでは不十分で、視点が何のために据えられているのか、ということまでちゃんと考えているのか、という指摘だと思うのです。逆に好意的な評では、“「北方領土」などと言うとたちまち政治的・社会的「問題」の圏内に回収されがちなのに、「問題」化されようのない湿った空気の質感、貝殻や骨の硬い感触、子供時代へ遡行してゆく時間の重さなどを浮かび上がらせることに専心している作者の、文学者としての志は高い”(松浦)。これに納得しました。そうそう、政治的な方に回収されない小説なんですよ。

マライ これは我々の評(第174回芥川賞受賞予想対談)ともシンクロしますね。今回、基本的に全候補作に対して選考委員は好意的だと思うのですよ。しかし分析は厳しい。そして、何故か結果的にいちばん当たりがキツくなった感があるのが「貝殻航路」だという印象でした。

杉江 マライさんが言われたように、「なんとなく」文学的、で読者が処理しそうな感じがあるからじゃないですかね。「なんとなく」じゃなくてもっと考えるのが文学なんだ、と釘を刺している感じがありました。でも十分好意的な評ではありましたね。

マライ そう、「これは候補作にしちゃいかんだろ」的な評はなかったです。

坂崎かおる「へび」作家が選考委員となっていることの意味

文學界 2025年10月号[雑誌]
『文學界 2025年10月号[雑誌]』
文學界編集部 / 文藝春秋 / 円(税込)
あらすじ
写真は掲載号。〈わたし〉には繊細で扱いの難しい息子の〈夏秋〉がいる。ある日彼が少年野球チームに入ったことから父子の生活は変わった。〈わたし〉が持つぬいぐるみの〈へび〉が二人を見守る。
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マライ ぬいぐるみを語り手にすることに対する好き嫌いみたいなものはあるにせよ、否定はされていない印象です。平野啓一郎氏の“妻の人形への変身という秀逸な奇想も、収まりの良い比喩的な意味に着地してしまった”という評は鋭いですけど、いやー、私は実はその「秀逸な奇想を、収まりの良い比喩的な意味に着地させた」あたりがむしろ良かった! と思ってたんで(笑)、やばいよなぁ。平野先生やっぱ怖いっす。いい人だけど(笑)。あと山田詠美氏の“ここに出て来る「二十一グラム」というのは、人が死ぬ瞬間に失われる魂の重さのこと”は、そうなんです。実話怪談・オカルト観点的には欠かせない数値なんですよ(笑)。あと吉田修一氏の“ただただ読んでいて怖かったなどと正直に書けば、今の時代になんてナイーブな! 今はこれでも手ぬるいんです! とお叱りを受け、自分もまたこの深刻な方へ押し流されていくのかと思うとさらに身の毛もよだつ”は、私の本作感想を超ハイレベルに書き直すとこうなるだろう、という感じで、恐れ入りました。

杉江 今回の芥川賞選評でいちばん感心したのは、この山田さんの評でした。こういう風に、読み方の視点を提供することで、作品をもう一度蘇生させることができる。すごく親切で好意的な評だと思いました。あと平野さんの評では“性別役割分担批判への反動としての『夫だって辛い』言説は、社会的に行き場がなく、オモチャの「へび」にでも語るしかない”“時折差し挟まれるペダントリーやアフォリズムが腑に落ちない”(平野)というのが腑に落ちました。私自身はそういう印象はなかったんだけど、この夫は結構ダメな人として書かれている、もしくはそう読まれているのか、と自分に欠けていた読みを提供してもらいました。“「へび」の新しさは、息子に対しても妻に対してもかなり「ダメ」な存在である父親を、ぬいぐるみのへびの視点、という位置から描くことによって、息子でも父親でもなく(小説の中ではほとんど不在の)母親でもなく、かれら三人がいる空間全体を、三人全員の身になって読者が眺めることができるようにした、という点だと思います”(川上弘)、“へびの観念的な語彙にも、父親にして夫の幼児性が発揮されており、モチーフやエピソードと人物造形がうまく連動している”(川上未)というように複数の評者が同傾向の発言をしていて、なるほど、あの夫は幼児性の人なのか、と納得しました。

マライ “三人全員の身になって読者が眺めることができるようにした”。これは思いつかない観点ですよ。聖三位一体か! 的な。しかし言われてみればナルホドです。

杉江 「へび」は、実はキャラクターの掘り下げが読みを左右する小説なのだ、というのは指摘されて改めて感じたことでしたね。

マライ いろんな意味で象徴が武器となる小説なので、その強みと弱みが表れるのが「キャラクターの掘り下げ」だ、というのは納得です。

杉江 前回の候補作(171回「海岸通り」参照/第171回芥川賞選評を読んで徹底対談)でも、キャラクターの内面はどうなのかということについての評言が多かったという印象があります。予想対談で気になったこととしては、川上未映子さんと奥泉さんが「/」の使用について言及していました。“名前の省略を許さない場面など、権力や暴力や服従というものがどのように隠蔽され、発露し、生き延び、あるいは息絶えるか(終盤、翔は自分の呼び方で自分の友人の名前を呼ぶ)を丁寧に描く。またスラッシュの使用が、思弁における過去の可能性のゆらぎを同時多発的に表現して、このたったひとつの現在に読者を導くのだが、人称と視点の採用にもう少し力づよい必然性を与えられていたなら、作品の厚みが増していたように思う”(川上未)。可能性のゆらぎというのはその通りだと思うんですが、「もう少し力づよい必然性」があれば、というのは私がこの小説を読んだときに感じた、徹底されていない気がする、という感じにも通じると思いました。

マライ 武器というには安直だ、という感じでしょうか?

杉江 作者も用法のルールが曖昧なのではないか、という意味だと私はとらえました。このことは確か予想対談でも言ったと思うのですが、場面によってはよくわからなかったりしたので。わからないのは読者のせい、読み取れなかった自分が未熟、とこちらは考えるわけですが、そこに踏み込んで、わからないように書いている書き手のせいだろ、というのはなかなか言えることではないと思うんです。ここにも同業の作家が選考委員となっていることの意味があるのではないでしょうか。

マライ 芥川賞ですからね。そこは確かに言ってOKでしょう。いやー、怖い。

杉江 坂崎さんは期待の新鋭のわけですし、多少厳しく言ってもへこまないだろうと思って、選考委員も期待しているんじゃないですかね。

坂本湾「BOXBOXBOXBOX」選評で最も「読み」の盛り上がりを見せた

BOXBOXBOXBOX
『BOXBOXBOXBOX』
坂本 湾 / 河出書房新社 / 1,650円(税込)
あらすじ
安(あん)は宅配所のベルトコンベア作業に従事している。流れてくる箱を見ているうちに蓋を開けて中を見たいという欲望が募っていく。同僚たちも鬱屈を重ねて日々を過ごしていた。
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マライ 実は、選評で一番「読み」の盛り上がりを見せたのが本作かもしれません。松浦寿輝氏の“冒頭では「薄霧」だったものが最後のページでは「濃霧」と化すが、この濃度の高まりを作者は物語の時間としてきわめて巧みに組織している”にはワオ! と思いました。ナルホドすぎる。山田詠美氏の“もしも、この中にひとつ、意味なくハイテンションで多幸感満載の箱があれば、この宅配所の倦み疲れた感じの不穏さをもっと引き立てていたかもしれない”も面白い考えです。

杉江 あ、そうそう。みんなおもしろいことを書いているんですよね。挙げられた中では、松浦さんの指摘に関心しましたね。たしかに最後は濃霧の中に消えていくような印象があって、改めて言語化されると、それが作品の特徴だと思わされる。鋭い評言ってこういうものだ、と思いました。

マライ 同感です! そして小川洋子氏の“「BOXBOXBOXBOX」の舞台となる霧深い宅配所は、不条理な寓話ではなく、アウシュヴィッツを連想させる”は、なんかいろいろ言われそうだけど、アウシュヴィッツでも「労働収容所」を舞台にした作品に接していると、色々わかりみなところもあり……という感じです。「凄い議論ができる触媒」賞みたいなものがあったら本作がゲットするのではないかな。奥泉光氏の“惜しまれるのは、休憩室やらロフトやらがある労働現場の、空間配置がいまひとつ明瞭にならぬ点で、たとえばカフカの小説では、不可解な出来事の起こる空間の像は常に瞭然として、突拍子のない話の展開を支えている”も、作品へのツッコミではあるのだけど勝手に面白い気づきを述べていて良いです(笑)。

杉江 そうそう、間取りわからないですからね。ブンガクだとぼんやりでもいいのかな、と思って読んでいた自分がいるわけですが、これが〈館〉ミステリーだったら許されない曖昧さではありました。ブンガクでも見取り図的な現実感は必要なのか、そうなのか。

マライ カフカを引き合いに出されると、かなり強い(笑)。

杉江 カフカはリアリズムの人ですしね。小川さんのアウシュヴィッツ云々について、私は言う資格があるほどにちゃんと熟知しているわけではないですが、過去に小川さんはジェノサイドの犠牲者の立場から『人質の朗読会』(中央公論新社)という小説を書かれたこともあるので、そうした感覚が反映されているのだと思いました。「BOXBOXBOXBOX」のラストについてはおおむね好評ながら、そのフェードアウトのさせ方はどうなの、という意見もありました。“追いつめられた作業員たちが溶けあい、ゆるやかに狂気を帯びていくのだが、工場、盗み、過酷な労働といった既視感のある本作の設定は、果たしてその条件を満たすだろうか。実働と作品が到達したい覚醒度に、やや乖離があるように感じた”(川上未)、“何もかもが霧の中、という幻想的な書きようもよかったのですが、ところどころ、突然描写がホワイトアウトしてしまう印象の部分があったのが、惜しかった”(川上弘)というのは、たぶん奥泉さんの言うカフカじゃないところについての言及だと思います。

マライ なるほど。

杉江 個人が個人性を剥奪されて融け合うというのは、わりと選択されがちな落ちだとも思うのです。現代の小説においては。星野智幸『俺俺』(新潮社)とか、安堂ホセ『ジャクソンひとり』(河出書房新社/168回候補作)とか。個人の人格がネットの側に溶けだしていたり、社会の重圧の中で基本的なものを奪われていたりするということの表象として無人格という落ちがつくんだと思うのです。収奪されてモノになったヒトというのは、割と定番の書き方じゃないかと。川上未映子さんの指摘は、そのへんも衝いている気がします。この題材にその落ちでいいの、という。

マライ オチ向上委員会という。

杉江 「既視感のある」って言ってますしね。一種のデウス・エクス・マキナなのかもしれませんよ。最後は交ぜて人称とっちゃえという。

鳥山まこと「時の家」私たちが思う芥川賞らしさが詰まった小説

時の家
『時の家』
鳥山 まこと / 講談社 / 2,090円(税込)
あらすじ
青年は空き家に入り、屋内をスケッチする。昔、ある建築士が自らの終の棲家として建てた家だ。建築の細部に宿る、かつての住人たちの記憶が、青年の視点と共に蘇っていく。
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マライ 圧巻の受賞作ですが、「読み心地」という点ではけっこうツッコまれてます。ありていにいえば、展開が遅いという。それは山田詠美氏の“谷川俊太郎の詩のあたりに来て、あ、そうなのか、とようやく気付いて、いっきに引き込まれた。ここに辿り着くまで、何故こんなに長いのか。後半の心に染みる部分にぶつかるたびに、出来るんなら早くやってよー、と思った”という言葉に集約されるかもしれません。これをもっと好意的に変換すると島田雅彦氏の“これは家が語る『失われた時を求めて』である”になるのかもしれませんが。

杉江 今回、全般的に島田雅彦さんの評はゆるめなんですけど、この指摘はなかなかいいですよね。でも『失われた時を求めて』でいいのか。もっと的確な先行作品はありそうな気がしますが。

マライ 原体験に近いものをつい言いたくなるんですよ人間は!(笑)。一般読者がイメージしやすいものに寄せたのかも。吉田修一氏の“全方向的に誠実そうな人たちばかりが出てくる。今の時代、誠実さの美徳の方が不誠実さのそれよりも受けがいいのだろうし、だからこその野間文芸新人賞と芥川賞のW受賞という快挙なのだろうが、欲を言えば全てに誠実であることの不誠実さまで到達してほしかった”という指摘は興味深いですね。あの「全方向的に誠実そうな人たちばかりが出てくる」っぽさというのは、私がじかに接しているZ世代の内面的希求と関係あるような気がするのですよ。「誠実であることの不誠実さまで到達してほしかった」という吉田氏の気持ちもわかるのだけど。もし到達したら何かが壊れる可能性があるような気もする。ここは何気にデリケートな問題を含んでいる気がします。平野啓一郎氏が“ナイーヴ過ぎる”と評している箇所とも繋がりそうですけど。

杉江 吉田さんの「誠実さゆえの不誠実さ」は、後に出て来る畠山丑雄「叫び」に対する「すべてに不誠実である誠実さ」と対になっているんですよね。だから揃えようとせんがための、若干のネタ感があります。でも言いたいことはわかる。マライさんのおっしゃった過度のナイーブ感にも通じる面があります。一口で言えば、優しすぎるんですよね。

マライ 川上未映子氏の“家は作者が関心の持てないもの、避けているものを、もっと見ているだろう”というツッコミは……いやまあ確かにそうなんでしょうけど、頑張ってそれ書いたら書いたで「もっと自分がちゃんと知ってる領域のことを書くべきだ」とか言われそうじゃないですか。いったいどうすれば(笑)。全体的に、もともと建築好きかどうかで(特に前半の)没入感が相当違うのだろうなという印象を受けました。私は最初から面白かったんですが。

杉江 小説としてはスロースターターだけど文章がしっかりしていて、クライマックスは泣けるぜ、という意見もあって、文章の密度については一定の評価がありましたね。中でも松浦さんの“堅牢な壁や床を作るように飛躍なしに敷き詰められてゆくリアリズムの文体は、やや古臭い固陋感がなきにしもあらずだが、これだけの分量の言葉が費やされるとその迫力には圧倒されざるをえず、その感銘は最後に至って家の解体作業の丹念きわまる描写で頂点に達する”(松浦)というのがいい。やや古臭い固陋感って、読んだ人がみんな感じたことだと思います。

マライ 確かに。濃ゆさに胸焼けする人はいるかもしれないけど、決して退屈はしない。意図的に古味を出しているわけでもなさそうで、そこもよろしいかと。

杉江 “物と者、ふたつのものが等しく肩を寄せ合っている様を思い浮かべるうち、細部の向こうに広がる無限が見えてくる”(小川)というのは今回の候補作がモノとモノの接触で成り立っているという全体を通じた指摘から来るものです。イエとヒトはそうか、「物と者」なのか、とここも感心しました。小川さんはモティーフが小説でどう扱われているかを語らせたらピカイチですね。

マライ これは私では思いつかない高みだなぁ。能力者すぎる!

杉江 あと川上弘美さんの“住み心地はかなりよさそうだけれど、ごく平凡にも感じられる一軒の家の、物質としての来し方と行く末を、ていねいに描くことによって、そこに住んだ人たちの感情や行動が、まるで再現された記憶のように浮かびあがってくる、というオリジナリティーあふれる書きようでした”という評もふんわりしているけど正攻法で好きです。

マライ 「まるで再現された記憶のように浮かびあがってくる」という言霊力!

杉江 選評を読んでいて感じましたが、「時の家」って私たちが思っている芥川賞らしさが詰まった小説なんですね。構成とかの無理があったとしても、文章力で突破してしまうという。何を書くかも大事だけど、どう書くか、で評価を勝ち取っていると感じました。

畠山丑雄「叫び」西日本出身者と東日本出身者で「評価」が違った?

叫び
『叫び』
畠山丑雄 / 新潮社 / 1,870円(税込)
あらすじ
〈早野〉は先生に出会って銅鐸を作り始める。教えを受けるうちに歴史に関心を抱くようになった早野は、戦前の茨木で罌粟を栽培していた〈川又青年〉という無名の人物に惹かれていく。
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杉江 最後は、みんな大好き「叫び」ですね。

マライ 評価以上に「これ、オモシロかったよね」という空気感があちこちの講評でにじみ出ていたのが印象的です。こういう作家と作品は強い。特に、平野啓一郎氏の“これは、真面目にその問題群を引き受けようとする者にとっては、困惑させられる事態だが、しかし、こうした虚無的なバカらしさに鍛えられることのない真面目は脆弱なものとなろう”は、一見アホっぽく見えるタイプの知性の存在価値の核心を述べている感があってナイスです。そして杉江さんが先ほどおっしゃったように、吉田修一氏の“全てに不誠実であることの誠実さとでも言いたくなるような芯の強さが本作にはある”は……『時の家』に欠けていたものがここにある! という、ツッコミのセルフ回収が(笑)。

杉江 あ、そうそう。平野さんの評は小説としての強度に言及したものですよね。これ、「時の家」と対極の作品だと思うのです。全然優しくない。

マライ 「全然優しくない」これはこれで素晴らしい誉め言葉。島田雅彦氏の“笑いのツボは読み手によって異なり、西日本出身者には受け、東日本出身者にはイマイチという傾向が選考委員にも見られたのは面白かった”のベタな本音感も興味深い。西日本出身者と東日本出身者で「評価」そのものはどれだけ違ったのかという点も地味に気になります。

杉江 さっきも言ったとおり、今回の島田評はどれもゆるめなんですけど、ここに触れただけでも価値があります。“関西には偽史の分厚い蓄積があり、それが説経節や講談という口承文芸となって現れたり、伝奇小説に翻案されたり、トンデモ史観として噂されたりしてきた。『叫び』はそうした関西の磁場から立ち上がる”(島田)。そうそう。これ、関西という偽史が人気を持つ風土だから書かれた小説なのかもしれません。島田さんは畠山さんの一番本質的な部分を衝いているのだとも言えます。大阪人は偽史が大好きなんですよね。豊臣秀頼が死なずに大阪城から逃げ延びたり、大阪夏の陣で家康が討ち死にしたり。そういう風に自分たちの好きな風に歴史をアレンジして楽しんできた文化がありますから。でも、だから東に対するルサンチマンをこじらせた維新をはびこらせちゃうんですけどね。

マライ 「ホンモノを上回るニセモノ」問題の新たな切り口かもしれません。

杉江 そうですね。ちょっと畠山さんの過去作を読み返してみる必要があると感じました。ここでも松浦さんの評が気に入りました。“窘められても嫌がられてもいっこう懲りずに奇行を重ね、そうしながらも批評的な自意識やユーモアを欠いているわけでもない主人公はきわめて魅力的だ”“しかしこんなにとりとめがなくて良いものなのかとふと白ける瞬間がなくもない”(松浦)。そうそう、とりとめがないんです。このとりとめのなさをロジカルに説明することはなかなか難しい。なので、NOの反応をした選者には感心させられました。“作品内の要点である、聖、福祉、国家など複数の価値観が検証されておらず、恣意的な構成も気になった”(川上未)、“ただ、小説中の思弁、ことに「聖」をめぐる言説あるいは表題になった「叫び」の示すところは理解しづらく、最後の天皇の登場を含め、小説的企みは議論を重ねた後もなお十分に捉えきれなかった”(奥泉)、“下世話。でも、言葉によって時をつなげて土地を掘り起こしたのは紛れもない小説の仕事だと思った。ただし、最後のエピローグはまったく不要”(山田)。

マライ もし「詐欺性」が本作の要点なのだとしたら、実は、検証とかしちゃいけないのかもしれない(笑)。

杉江 本作を読むことで時代の欺瞞みたいなものに接近できるのかもしれませんよ。「下世話」で「とりとめがない」のは単純な見方をすれば欠点なんだけど、そういう時代の気風みたいなものを表現するためにわざとやっている可能性はあるので、それを否定しきれない限り、評価しなければならないと思うんですよね。なんか、もしかしたらすごい重要な作品なのかもしれないと思えてきました。

マライ 同感ですわ。

杉江 この猥雑な感じを頭から否定していたら、維新が台頭するような時代の空気は絶対理解できないんでしょうね。思わぬところで考えさせられました。

マライ 確かに。そういう意味でも深く時代性を突いているのか。

杉江 まさかそんなことを「叫び」で考えさせられることになるとは。これも選評の力というものかと思います。

マライ 今回の選評は実際、すごく読み応えがあって面白かったですし。

杉江 同感です。やったるぞ、という選考委員の覇気が見える気がしました。

芥川賞選評総括●少し焦るほどの豊作回でした

マライ 吉田修一氏の“五作品とも◯? 候補作を読み終えて少し焦るほどの豊作回で、やっぱり純文の新人って面白いなーと素直に感心してしまった”で端的にすべてを語っている、ということで良いのではないでしょうか(笑)。

杉江 本当に。こういう豊作回は、予想をしても選評を読んでも、楽しいですねえ。

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    2023年9月13日更新
  23. 第169回直木賞受賞予想。杉江「消去法で永井紗耶子『木挽町のあだ討ち」」マライ「脳内で絶叫が谺するような超快作は無かったかも」
    2023年7月19日更新
  24. 第169回芥川賞受賞予想。マライ「市川沙央『ハンチバック』が凄すぎる、有り金全部!」杉江「乗代雄介『それは誠』と『ハンチバック』が同率」
    2023年7月19日更新