新たな視点で世界を見る八馬智『日常の絶景』

文=すずきたけし

  • 太陽系観光旅行読本:おすすめスポット&知っておきたいサイエンス
  • 『太陽系観光旅行読本:おすすめスポット&知っておきたいサイエンス』
    オリヴィア・コスキー,ジェイナ・グルセヴィッチ,露久保 由美子
    原書房
    1,980円(税込)
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  • 日常の絶景: 知ってる街の、知らない見方
  • 『日常の絶景: 知ってる街の、知らない見方』
    八馬 智
    学芸出版社
    2,420円(税込)
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  • ビデオランド
  • 『ビデオランド』
    ダニエル・ハーバート,生井英考,丸山雄生,渡部宏樹
    作品社
    3,740円(税込)
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  • アメリカ音楽の新しい地図 (単行本)
  • 『アメリカ音楽の新しい地図 (単行本)』
    大和田 俊之
    筑摩書房
    1,760円(税込)
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 書店の新刊コーナーでそのレトロな装丁が目に止まったのがオリオヴィア・コスキー&ジェイナ・グルセヴィッチ『太陽系観光旅行読本』(露久保由美子訳/原書房)。二〇一八年に出たものの新装版の本書は、昨年ヒットした『るるぶ 宇宙』に通じる擬似宇宙観光本なのだが、こちらはガイドブックというよりは旅行代理店のパンフレットの体。それぞれの惑星への観光ポスターのデザインなど本書全体に漂う一九三〇年代的なレトロフューチャーな雰囲気がまず素晴らしい。宇宙観光へ旅立つ準備から、訓練、荷造りと宇宙空間でのうんちくを楽しみながら、"生きたまま焼かれる"といったリスクもしっかり学べる。月に始まり、水星、火星、金星そして冥王星までの太陽系の惑星それぞれの見どころ、アクティビティなどユーモアを交えて紹介しているが、なるほどと感心したのがその歴史的な視点だ。惑星観光が可能となった時代という設定の本書では、例えば月は人類が初めて地球外に一歩を記した記念すべき場所となっていて、そこは歴史ファンにとって心踊る場所として紹介される。アポロ11号が降り立った「静かの海」や、そのほか六カ所のアポロの着陸など、月はまるで京都のような歴史的な観光スポットとして紹介されている。

 ツーリズムな視点では八馬智『日常の絶景 知ってる街の、知らない見方』(学芸出版社)が面白い。気にもしてなかった建物に設置してあるエアコンの室外機が著者の観察によってアートでグルーヴィな絶景に見えてしまう。定型と反復によるテクノビートのような避難階段から、サイバーパンク的なパイプやダクト、自販機のリサイクルボックスから巨大なダムまで絶景と紹介され、「もう、それにしか見えない!」と読者に新たな視点を上書き保存してくれる本である。絶景とは訪れるのではない、気付くものなのだ。

 日常であったがゆえに、気付いたら無くなっていたものがある。それはレンタルビデオである。八〇年代から九〇年代にかけて、中学生であった僕の自宅近所には五店舗ものレンタルビデオ店があった。映画というものがビデオテープという"モノ"へ大きく変化した時期、それまで劇場かテレビ放映でしか映画が見られなかった時代から、家に居ながら好きな時に好きな映画を好きなだけ見られるような時代になったのだ。しかし近所にあったレンタルビデオは二〇〇〇年を境にほとんどが閉店し、大手もインターネットでの配信サービスの登場などで風前の灯火......。ダニエル・ハーバート『ビデオランド』(生井英考・丸山雄生・渡部宏樹 訳/作品社)は、アメリカでのレンタルビデオという業態の登場と、パッケージ化された"モノ"としての映画が果たした役割、映画文化への影響などを記した一冊。レンタルビデオの黎明期、それまで文化資本の中で小売されていた代表が書物と音楽であった。そこに映画が加わったのはビデオという記録媒体が登場した八〇年代になってから。最盛期には一万八〇〇〇店ものレンタルビデオやビデオストア映画が全米各地にあり、そのスタイルは五〇〇〇店を超える『ブロックバスター』などの大手チェーンから、ローカルな独立系チェーン、そして個人店まで多岐にわたった。それらの実店舗の登場によってパッケージ化され所有できるようなった映画は、個人の嗜好の細分化を加速させ、また国の隅々までいきわたった独立系や個人のレンタルビデオ店によって、地域性までも帯びるようになったという。

 なかでも興味深いのが、大手チェーンと独立系、個人系の実店舗の住み分け、特性の違いだ。大手チェーンはヒット作、名作の映画を主流にした陳列、アクションやキッズなどの大きなジャンルにとどめた分類表記など、全国展開するための画一化されたフォーマットによって運営がなされていたのに対し、独立系や個人店では監督別(作家別)や、海外作品、さらに実験映画やゲイ&レズビアンといった分類に細分化していく。とくに専門店などでは「分類強迫症」というほどの分類への強いこだわりと分類への命名に無上の悦びを見出すという。また店員のお勧めコーナーなどは、店舗における文化資本への支持への表明であり、店員自体の名前がジャンルと化すなど、あれ?どこかで見たことある景色だなと思ったら、これらは日本の書店の現状と重なっているのである。映画史だけでなく、文化資本を商材にした小売業史という意味でも興味深く読んだ。

 もう一つの文化資本、音楽について深く考えさせてくれるのが大和田俊之『アメリカ音楽の新しい地図』(筑摩書房)だ。普段から耳に心地よい音楽であればなんでも聴いている節操のない自分ではあるが、本書を読むとアメリカの音楽シーンにおける社会性や強いメッセージ性、そして歴史的な視点を知るたびに反省しきりである。例えばブルーノ・マーズの書き出しはこうだ。"ブルーノ・マーズというシンガーの来歴を正確に理解するには、1898年の米西戦争にまで遡る必要がある"

 そこから!?と思うほど奥深いところからアーティストと音楽について解説されるのだ。また、アメリカのビルボードHOT100で初登場1位となり、アジア勢のアーティストとしては〈スキヤキ〉以来五七年ぶりの快挙となった韓国のグループBTSについては、彼らのヒップホップへのリスペクトとロス暴動を重ね、アメリカにおける韓国人コミュニティと黒人コミュニティの歴史的な対立とその融和をBTSやそれまでの韓国ポップスのアメリカでの努力と重ねられ、音楽のもつ力の素晴らしさに涙ぐんだのであった。

(本の雑誌 2022年3月号掲載)

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●書評担当者● すずきたけし

フリーライターとかフォトグラファー。ダ・ヴィンチニュース、文春オンラインなどに寄稿。あと動画制作も。「本そばポッドキャスト休憩室」配信中。本・映画・釣り・キャンプ・バイク・温泉・写真・灯台など。元書店員・燈光会会員・ひなびた温泉研究所研究員

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