WEB本の雑誌

第3回

 なんだか家の外に子供の居場所がないなあ、と思う今日この頃。

 まだカイトが1歳9ヶ月の頃、ふたりで図書館に行ったのです。探してる本がいくつかあって、検索機を使っておりました。カイトは私の横にいたのですが、突然、隣で検索していた30代くらいの独身と思われる男性に、ぼそぼそした声で「ちょっと子供うるさいんですけど。黙らせてください、気が散るんで」と言われたのです。当時、カイトはまだ喃語しかしゃべれなかったので、そこで「あ~う~」みたいな、機嫌のよい時に出るつぶやきをもらしてはいたのですが、決して大声を出してバタバタ走り回っていたわけではなく、声のボリュームもごく普通のレベルでした。

 とはいえ図書館だし、静かにしなきゃいけないのはもっともなので、あわてて「すいません」とあやまってからすぐカイトを抱き上げて、「カイちゃん、静かにね、シーッ」と一生懸命あやしました。するとその男性はさらに「なんなんですか?こっちが悪いって言うんですか?」などと攻撃的にたたみかけてくるのです。は? 静かにさせようとしてるのになんなの?と思いつつも「とんでもない!」と答えると、じろりとこちらをにらんで黙ってしまいました。私はいたたまれなくなって、すぐにその場を離れました。

 おそらく子供を育てたことがない、子供が周囲にいない環境の方にはわかりにくいと思うんですが、1歳児に「ここでは静かにして」と言い聞かせるのは不可能なんです……。歩いてはいますけど、意味のある言葉をしゃべることもできない、まだまるきりの赤ん坊なんですよ。だったら連れてくるな、というのはごもっともなんですが、しかし幼児をひとりで家に置いてくるわけにもいかず。せめて迷惑のかからないよう、図書館での滞在時間を短くするのがせいいっぱいです。入館するなり借りてた本を返却して、予約カードをパパッと記入・提出して、予約してた本を受け取って速攻で出る、これで5分。棚をゆっくり見るのは、もはやあきらめてます。そうやって気を遣っていても、こういうこと言われちゃうと、ちょっと凹みます……。その後しばらくは、図書館に行くのが怖かったです。

 まあ、これは極端な例ですが。世の中こういう方ばかりというわけではないのですが、なんとなく、子供を連れて外に出ると、迷惑そうな顔をされることが時々あるような気がして。映画とかコンサートとか大人っぽいレストランとか、子供はNGという場所のことではないですよ。こういうところに連れて行かないのは親として最低限のマナーだと思います。が、もっと普通の場所、たとえば電車とか、デパートなどでも、なにげに「ああ子供だ、うるさい、うざい、邪魔」みたいな暗黒光線を受けることがあるのです。

 確かに大人から見ると、子供ってすごく異質な存在です。ちっこくて、全然じっとしてなくていつも何かしらうろうろ動いてて、思うままにしゃべり、笑い、泣く。大人が無意識に隠蔽して存在しないもののようにふるまっている、ウンチもおしっこもゲロもありのままにする。まだ自分の気持ちをうまく言葉にすることができないから、わかってもらえないときや不満があるときの表現方法は泣きわめくのみ。ゆえに大人の理解できない存在ってことで、異端視され、社会からはじき出されて、子供の居場所、子供がいて許される場所がどんどん減っていく。

 昔(とはいえ私が子供だった頃だから、たかだか30年ほど前)は、それでも大人と子供の数が半々くらいだった気がするのです。ガキンチョがそのへんにごろごろしてるのが当たり前だった。私の近所なんてどこの家にも誰かしら子供がいたので、どこの子も皆よその家に上がり放題、好き勝手に遊び放題だったもんなあ。「勝手知ったる他人の家」状態で、今だに、ヨウコちゃんちもタクちゃんちも、ほとんどの間取りを覚えてる。今思えば、えらく開放的だったんだなあ。

 大人と子供がごちゃごちゃと一緒にいるのが当たり前の暮らしだったから、理解できないながらも、子供ってのはそういうもんなんだからしゃあないなあ、みたいな認識というか許容があったんじゃないかと思うのです。でも今は子供が減り、子供のいる家庭が減って、大人だけでいるのが普通、会社は当然のこと家でも子供と接触することなんてほとんどない、という人が増えてるんじゃないでしょうか。慣れてないから、大人の常識が通用しない子供ってものをどう扱っていいかわからなくて、異端なものとして排斥してしまう。

 決して甘やかしてはいけないけれど、言って聞かせることのできる年齢に達しているなら、社会で暮らす上のルールはきちんと守らせるべきだとは思うけれど、子供がそこに「いる」ことをもう少し許してもらえないかなあ、受け入れてもらえないかなあ、と思います。だって、これはかつてのあなたであり、私なのです。『星の王子さま』の冒頭にあるように「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。」のですから。「(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)」のでしょうか。

 子供に対して、世の中のすべての人が温かい目で見てくれるわけではないとは承知しています。子供嫌いな人もいれば、犬嫌いな人も、猫嫌いな人もいる。でも子供に冷ややかな目をされると、親としてはすごく引け目を感じてしまうのですよ。おそらく端から見るよりずっと、親は周囲の視線や反応を気にして肩身の狭い思いをしています。別に悪いことしてるわけでもないのに。

 今やどこへ行くにも、子供ひとりでは危ない世の中になってしまいました。カイトは「はじめてのおつかい」をすることができません。のびのび遊べるのはせいぜい公園くらい、それも必ずママと一緒。なんだか、今の子育ては妙に窮屈な気がしますよ。まあ、子育てに限ったことじゃありませんけどね。