WEB本の雑誌

第39回

 退社時間の夕方4時まで1分たりとも気を抜かず死に物狂いで仕事して、それでもどうしても片付け終わらないファックスや郵便物はお持ち帰りするため手提げにぶち込み、定時になるといつも超ダッシュで帰ります。そんなに焦らなくても保育園には間に合うのですが、それでも1本でも早い電車に乗ろうと、いつも小走りになります。少しでも早くお迎えに行って、カイトに会いたいから。このうずうず感は、待ち合わせしてる恋人に会いに行く気持ちとちょっと似ているかもしれません。

 カイトのほうもちゃんと心得ていて、夕方が外遊びの日はいつも、門のすぐそばで遊びながらうろうろしています。いつママが来るかと、そればかり気にしながら。保育園に入ってしばらくは、ママの顔を見るたびに泣き出していましたが、さすがに最近は慣れたのか、お迎えに行っても泣くことはなくなりました。代わりに私の姿を発見するや「あっ、ママだ!ママ来た!」と叫んで今遊んでいた遊具を放り投げ、満面の笑顔で私の腕に飛び込んできます。まるで1年ぶりに会ったかのような、感動的な再会の抱擁(笑)。カイトもうれしいだろうけど、こちらも同じくらいうれしいのですよ。いっきにほわわわ~んと脳内麻薬ダダ漏れに。カイトもあからさまにデレデレ状態。顔が緩みまくっていて、他の子に「ママ来たんだよ!」と吹聴したり。ママの膝にちょこんと座って、自分で履けるくせにわざと「ママ~、くつしたはかせて~。くつもカイトはけないの~」と甘えたり。照れ隠しなのか、先生にわざとバイバイを言わなかったり。

 保育園の帰り道、自転車の背中ごしに話をするのもまた楽しい。カイトはものすごくおしゃべりなので、乗ってる間じゅうずうっと何かしら話しています。「ほらカイト、梅の花が咲いてる。あれは梅干しの木なんだよ」「へえ、うめぼしの花かあ! ママ、あっちにもうめぼしの花があるよ! あっちのお花はピンクだね。カイトはピンクのほうがいいなあ」「ママは白いのが好きだな」「ねえママ、今日はおうちでおやつ何ある?」「んとね、クッキーあるよ」「ああ、じゃあ、かえったらおててあらってー、テレビみながら、ママとクッキーたべよっか!」この帰宅後のお茶の時間が、私とカイトが毎日何よりも楽しみにしている至福のひと時なのです。洗濯物を取り込み、お米を洗ってから、コタツに座って二人でまったりとお茶をすすり、おやつを食べる。ああ、幸せ……! 疲れがほぐれる一瞬です。ちなみにお姉ちゃんは、夕食時まで自室にこもりっきり。ひとりで過ごすのが楽しいという年頃になりました。

 それから夕食とお風呂を経て子供たちを寝かせる夜10時までが、またバタバタ忙しいけれども心なごむ時間。小さい子ってのは、なんでこういつもニコニコと楽しそうなんでしょう。ちょっとの間もじっとせず、部屋中を歩き回ってはどんなものでもオモチャにして遊ぶカイトを見ていると、『アルジャーノンに花束を』のチャーリーを思い出します。賢いことは、必ずしも幸せなことではないんだなあ、と。人間って、何も考えてないまっさらのときは、基本的に前向きで明るく、幸福なんじゃないかと。カイトが「おっぱい~、おっぱい~♪おっぱいが大好きなんだ~♪」というおバカな自作の歌を歌いながら無心に遊んでいるのを見ていると、ああ、ずっとこのままでいられたらいいのに、とついつい思ってしまいます。

 アホな母は時々、真面目な顔でカイトに向かって「カイちゃん、ママね、お願いがあるの。大きくなっても、おヒゲはえないで。ずっとこのまま、かわいいすべすべお肌のカイトでいて!」と真剣に懇願してしまいます。だって、このぷりぷりもちもち顔が、そのうちボツボツのヒゲだらけになっちゃうなんて、イ、イヤだああ! 神様はなんて残酷なんだ! カイトはママのお願いに素直に「うん、いいよ」なんて言ってくれますが(笑)。男の子は大きくなると、なんだか別の生き物に変わってしまうような気がします。女の子は大きくなってもあまり変わらない気がするんですが。大人になっても、どこかかわいらしいままというか。ひーこも、12歳になって少しニキビが出はじめましたが、お肌はしっとりときめ細かいもち肌で、近づくとふんわりといい匂いがします。でもカイトはそのうち、おっさん臭くなってしまうのか……なんてことだ!って3歳のうちからそんな心配しなくても。

 先日のバレンタインには、カイトは生まれて初めて女の子からチョコをもらいました。お隣の3歳と5歳の女の子から。そしてその瞬間、私は悟りました。男の子の母親ってのは、ホワイトデーの心配もしなければいけないんだと(笑)。まあ、カイトはわけもわからず喜んでおりましたよ。チョコ大好きだから。ああ、そのうち彼女とかできちゃうのね……イヤだなあ、って3歳のうちから(以下略)。ちなみに息子を産んだばかりの私の友人は、今から嫁いびりの方法を考えているそうです。あなおそろしや。でも気持ちはちょっとわかる、うん。

 私と同じ体格になったひーこを見ると、ときどき「この子は誰?」と思うことがあります。あたしの、あの小さかったひーこは、いったいどこに行ってしまったの? ほんの5年前まで、私の腰くらいまでしかなかったのよ。この子は本当にあの子と同一人物なのかしら?と。子供は恐るべき速度で大きくなってしまうのですね。今一緒に過ごしている時間は、まさに宝物のようなかけがえのない時間なんだ、としみじみ思います。今しか見られないしぐさ、今しか聞けない言葉。ひとつひとつ心にしっかり焼きつけて保存したいと思っているのに、ああ、どんどんデータは上書きされてしまうのです。神様、脳内データのフォルダ容量が足りません!