WEB本の雑誌

第17回

 2月に無事卒乳に成功したカイト。母は肉体的に非常にラクになったのですが、今度は就寝時間がバラバラになってしまいました。それまでは、昼食後に「そろそろ寝かせたいな」と思ったら「カイちゃんおいで、おっぱいあるよ~」と誘えばいそいそと寄ってきて布団に入り、大好きなおっぱいをちゅうちゅうしながら素直にそのまま寝てくれたのです。

 が、これからはその手は使えない。「カイちゃん、ねんねしようよ~」といくら誘っても「ねないの!」と頑固に言い張って遊び続けるのです。え~、今お昼寝してくれないと困るんだけど。夕方に寝ちゃうと、そのぶん夜の就寝時間がずれこんでしまうので。しかし本人は「ねないんだって!」の一点張り。ええ、バリバリの反抗期ですから。本当は眠いくせに、素直じゃないんだからもう。しかし夕方4時を過ぎると、眠すぎてだんだん不機嫌になり、ぐずり出し、それでも放置しておくと、気がつけばテレビの前でコテンと横になって寝ているというパターン。あ、電池切れたか。そっと布団に運び、6時過ぎに起こす。

 しかしヘンな時間に昼寝してしまったので、夜はギンギンに元気で、11時になっても寝ない。もちろん、彼が起きてるときはママの自由時間はなし。とほほ~。またかよ~。結局寝てくれたのは夜中の12時、なんてことがたびたびありまして。もうちょっと体力があれば、昼寝なしで夜に早寝できるんだけど、まだそこまでは頑張れないみたいで。どうしても夕方に電池が切れてしまうのです。まあしかたないか。

 そしてまたもや、唐突に人生の曲がり角はやってきました。2月下旬にダンナの異動が出て、急遽松本から千葉に戻ることになったのです。まあ前回と違って、いつかこの日が必ず来ることは最初から覚悟していたのですが、いざ本当にその時が来ると、またなんとも複雑な気持ちになりました。松本に来て1年半。2度の冬と1度の夏を過ごし、やっとこの地にも慣れたところだったのに、お別れですか……。とりあえずダンナはひと足お先に千葉に戻り、他の家族はお姉ちゃんの終業式を待って3月末に引っ越すことに決定。ああ、ひーこ、悲しいだろうな……。せっかく松本でも、仲良しのお友達がいっぱいできたのに。みんな、しょっちゅう我が家に遊びに来てくれて、カイトもすごくかわいがってもらっていたのになあ。

 3月上旬にダンナが旅立ち、その後2週間ほどは母子家庭に。毎日、私ひとりでちまちまとダンボールに荷物を詰める日々。カイトの面倒を見ながらの作業なので、まとまった時間が取れず、どうしても1日に3~5箱くらいしか作れないのです。せっかく詰めた箱を閉じる前にひっくり返されて最初からやり直し、なんてことも。毎日、外に出ないで家にこもっていてはカイトも私もストレスがたまってしまうので、たまにはお散歩に出たりもするのですが、もう何を見ても切なくて。道端で出てきたばかりのスイセンの芽を見ても、「これが咲く頃にはもうここにいないんだなあ」なんてため息ついたり、「この松本城とその後ろに輝く白い山々の峰も、これが見納めか……」と思ったり。通い慣れた図書館、児童館、スーパー、美容院にも、もう来ることはないのかと思うとさみしくて。ああ、なんでカラダがふたつないんだろう。もうひとつあればここに置いていけるのに。カイトなんてまだ小さいから、松本のことはまったく記憶には残らないんだろうなあ。近くを車で通るだけで「いくの~いくの~」と大騒ぎした、あんなに大好きだった児童館のことも、図書館の児童室のことも、全部忘れちゃうんだ。なんかものすごくさみしいなあ……。

 引っ越し手続きだなんだとバタバタしてるうちに、たちまち3月なかば。お姉ちゃんの終業式がやってきました。クラスのみんながくれた寄せ書きやプレゼントをいっぱいかかえて帰宅。寄せ書きをちょっとだけ見せてもらったけど、心のこもった小学生らしいかわいいメッセージに涙が出そうになってあわててやめました。その後も、春休みになってからはしょっちゅう友達とお別れ会やら何やらで、毎日のように出かけておりました。最後だから、今のうちにいっぱい遊んでおいで。

 そしていよいよ3月末、引越し当日。ダンナも千葉から手伝いのために戻ってきました。朝8時半から荷出しスタート。空いた部屋を掃除しながら、引越し屋さんにどんどん運ばれていく荷物を見ては、さみしさにため息。ここで1年半生活していた気配が少しずつ消えていきます。昼過ぎに荷物をたくさん積んだトラックが発車。がらんと何もなくなった部屋でコンビニ弁当を食べるそばで、カイトは広くなった部屋でうれしそうに走り回っていました。カイちゃん、もうこのお部屋とはバイバイなんだよ……。

 ケータイでタクシーを呼んで、松本駅へ。車中、隣の席でそっぽを向きながら一生懸命泣くのを我慢しているひーこに気づいたとたん、ついに私も涙がぽろりとこぼれてしまいました。もう明日からは、ここにはいないんだ。昨日まで暮らしていたのに、もうここには自分たちの居場所はどこにもなくなっちゃったんだ。そう思うと、もうたまらなくて。元いた場所に帰れるというのに、こんなにつらいとは思わなかった。まるで心の半分をもぎ取られるような気持ち。自分でも気がつかないうちに、これほど松本を好きになっていたんだ。お世話になった人たち、見慣れた山々の風景、町並み、みんなさようなら。今まで本当にありがとう。この町で、のんびり子育てしながら暮らした1年半のこと、決して忘れません。必ずまた遊びに来るから!

 ここに来たときはまだベビーカーで、まだ「あーうー」みたいな喃語しかしゃべれなかった赤ん坊だったカイトも、今やこんなによくしゃべる、反抗期真っ盛りのワルガキになりました。男の子に間違われてばかりいたお姉ちゃんも今やすっかり女の子っぽくなり、身長も私と変わらないくらいになって。この1年半で2人とも、だいぶ成長しました。さあ、悲しいけれど涙をふいて、懐かしい人たちの待つ千葉に帰ろうか。きっと2人の変わりように、みんなびっくりするだろうな。