WEB本の雑誌

第18回

 そんなわけで、3月末、胸にどうしようもないさみしさを抱えつつ、家族全員で松本から千葉に戻ってきました。最初の晩はとりあえず実家に泊まり、翌日の朝に懐かしの我が家へ。が、庭を見るなり仰天。松本はまだ梅が咲き始めたばかりで、スイセンも芽だけでつぼみすら出ていなかったというのに、なんと千葉ではもうわんわんと春の花が咲き乱れ、桜がほころび始めておりました。暖かい日差しにコートも不要、まさに春爛漫! こんなに気候が違うんだ、と改めてびっくり。

 カイトは実家に預け、午後2時過ぎにトラックが到着し、荷解き開始。もう目の回るような忙しさ! この半日で、いったい何十回2階への階段を昇り降りしたことか。夜には、足が筋肉痛でガクガクに。松本にいたときの10倍くらい動いたのではないか。つ、疲れた……。しかし半日では全然荷解きが終わらず、まだダンボールだらけでとても寝られる状態ではないので、その晩も実家にお泊り。

 翌日以降もひたすらダンボールを開けて、連日片づけ、片づけ、合間に買い物、また片づけ。しかし不思議なもので、同じ家なのに、以前住んでた状態とまったく元通りにはならないんだなあ。何かが微妙に違う。確かに松本に行ったときより帰ってきたときのほうがずっと荷物が増えてるし、家具の配置も少しだけ変えたんだけど。

 ひーこは自分の部屋に新しいベッドとエアコンを入れてもらい、お古のテレビまでもらってすっかりご満悦。引っ越す前はひとりで2階の自室に行くのをこわがっていたのに、今や自分のお城に入りびたりで、夕食までは全然下に降りてこなくなりました。好きなアニメのポスターを壁にベタベタ貼りまくり、お気に入りの雑貨を飾り、すっかり1人部屋ライフを楽しんでいます。ときどき様子を見に行くと、いつもテレビつけたまま机で絵を描いてるか、マンガ読んでるかのどちらか(笑)。もう自分の世界に没頭する年頃になったんだなあ。これまではずっと誰かと一緒じゃないと寝られなかったのだけど、やっと自分の部屋でひとりで寝てくれるようになりました。ようやく自立心が芽生えてきたようです。

 数日後にはさっそく前の友人に電話して、一緒に遊んでおりました。まだまだ春休みなので、遊ぶ時間はたっぷりあるのです。またこちらの学校にすっとなじめるといいんだけど。彼女、ひとことも口には出さないけれど、やっぱり松本の友達と離れたことはすごくつらいと思っているようで、一度夕食のときに「ねえ、ゴールデンウィークか夏休みに、松本に遊びに行こうか」と水を向けてみたら、ふいに真顔になって無言でうなずき、うつむいて涙をこぼさないよう必死でこらえているではないですか。あまりのいじらしさに、またしてもこちらがもらい泣き……。そうだよね、さみしいよね。私も秘密にしているけど、実は松本を離れて以来、毎晩布団に入るたびにそっと涙で枕をぬらしているのです。

 いっぽう、カイトは引っ越したことなんて全然わかってない様子。まあ2歳だから当然ですが。いまだにこの千葉の家のことを「ばばのうち」と言うのです。「カイちゃん、これからはここがカイちゃんちなんだよ」と何度言い聞かせても「ちがうって、ばばんちだって!」と頑固に言い張ります。カイトにとっては、まだあの松本のマンションが我が家なんだなあ。手をつないで歩いているときにふと「ママ、じどうかん、おもしろかったね!」などと言われると、胸がぐっと痛みます。カイちゃん、あのさんざん通った松本の児童館にはね、もう行かないんだよ……。

 しかしここはご近所に年齢の近いお友達がいっぱいいるので、カイトはそれがうれしくて仕方ない様子。毎日、外で子供の声がするたびに耳がぴくっと動き、「あ、おともだちだ!」とダダダッと走って窓を開けると、「おーい!ここだよー!」と大声で叫びます。もういてもたってもいられない様子で「ママ、カイもお外いく!」と私に靴を履かせてくれと催促。そうか、キミはそんなにお友達に飢えていたんだね。ご近所の皆様もとても温かくカイトを迎えいれてくれて、「カイちゃん、カイちゃん」とよく声をかけてくださったり、遊びに誘ってくれたりするので、親としては本当に大助かり。お友達もまだ2歳~4歳なので、お互い言うことが全然噛みあってなかったりして、コミュニケーションが取れてんだか取れてないんだかイマイチよくわかりませんが(笑)、本人たちはじゅうぶんそれで楽しいようです。

 そうして外遊びが増えると、運動量も刺激も格段に増え、必然的に夜の寝つきもよくなりました。夜9時半過ぎになると、「カイ、ママとねんねする」と自分から言い出し、素直にベッドに行くようになりました。夜中に起きて泣くこともなくなり、朝までぐっすり。これも母には大助かり。ときどき遊びすぎたり、寝に入るタイミングを逃したりすると、もうお昼寝すらしない、なんて日も。そんな日はもう夜8時くらいに寝てしまいます。

 パパは新しい職場のことで頭がいっぱい、ママは連日の片づけや庭仕事、買い物に引越しの諸手続き、さらに子供の世話と忙しくてもうへろへろですが、子供たちは早くも新しい環境に順応して、楽しくやっているようです。