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第25回

 カイトはお姉ちゃんの小さいときに比べると、ものすごく怖がりです。同じように育てたはずなのに、性格なんでしょうね。お姉ちゃんは本当に怖いもの知らずで、今でも「怖いもの? う~ん……特にないなあ。ママの苦手なゴキブリも、パパの苦手なクモも平気だし、ジェットコースターも大好きだし」なんて言ってる。ところがカイトときたら、あれもこれも皆ダメ。怖がりというより、弱虫といいますか、チキンといいますか。

 ある晩のこと、居間の明かり取りのガラス窓に、なにやら小さな影が映っていたのをお姉ちゃんが見つけたのです。それは、体長10センチくらいのヤモリでした。手足の吸盤をぺたりと窓につけて、白いお腹をこちら側に向けて。「ママ、あれ何?」「うーん、なんだろう? カナヘビかな?」私は最初、カナヘビだと勘違いしていたのです。すると、お姉ちゃんと並んでテレビを見ていたカイトが、まるで隠れるようにお姉ちゃんの胸に顔をうずめるではありませんか。「ん? どしたの、カイト?」と聞くと、小さな小さな声で「カナヘビくん、こわい……」とつぶやいたのです。「あれはお外にいるから、大丈夫だよ、おうちの中にはいないよ」「カナヘビくんは何もしないよ、こわくないよ、おうちを守ってくれるんだよ」と言っても「こわい……」と口ごもり、ついにはヤモリのついてる窓が角度的に見えなくなる台所の隅まで行き、その物陰に潜りこむように立ちすくみ、いくらなだめすかしてもその場から動かなくなってしまいました。おいおい、そんなにこわいの? その情けない表情としぐさがなんともめちゃくちゃかわいくておかしくて、私は思わずゲラゲラ笑ってしまいました。するとお姉ちゃんが「ママ!カイトは本当に怖いんだよ、笑うなんてかわいそうじゃん!」と真剣にかばう。おお、なんとうるわしい兄弟愛。でもそう言いながらも、お姉ちゃんも口の端が笑ってるんですけど?(笑)2階の寝室に行くときも、決してヤモリのいる窓が視界に入らないように一生懸命うつむいて歩くカイトの姿がまたおかしくて。

 翌朝、居間に下りてきたときもまだ昨夜の件を覚えていて、こわごわとヤモリのくっついていた窓をのぞきこみ、小声で「……カナヘビくん、いない……?」「うん、もういないよ」と言うとようやく安心したようで、その後は普通の態度に戻りました。それにしても、怖いと言いながらもカナヘビを「くん」づけで呼ぶところがまたおかしいよなあ、カイト。以来、お姉ちゃんはカイトを怒る際に「カイト! 悪いことすると、カナヘビくん来るよ!」と脅しております。そこでとたんにおびえた顔になるカイトがまたかわいい。

 他にも怖いものはたくさんあって、家の床に小さなアリが歩いてても「ママ! むし!むしがいるよ! とって、とって!」と叫び、部屋の中に小さな羽虫がまぎれこんでも「ママ! むしがとんでるっ!」と呼びにくる。虫関係は全部ダメなのかな?と思いきや、庭の地面にいるダンゴムシは「かわいいね」と言って見ているし、うーん、キミの基準はママにはよくわかりません。ちょうちょやトンボも大丈夫。「カイね、ちょうちょっていちばんすき。かわいいよね~」と言ってひらひら飛ぶ姿を楽しそうに目で追っています。

 我が家の狭い庭には数年前からガマガエル(座った姿勢で体長10センチほど)も住み着いているのですが、カイトはこれもダメ。ある朝、私が庭でバラの手入れをしていたら、その根元にじっと座っていたのを発見。体の色が地面と同じ黒と茶のまだらなので、すぐそばに近づくまで気がつかなくて、ちょっとびっくり。「わ、カイちゃん、カエルさんいるよ、来てごらん!」と玄関先で遊んでるカイトに呼びかけると、興味を示して3メートルほど近くまで来たものの、いきなりくるっと背中を向けて「やだ、こわい」。「大丈夫だよ、じっとしてるから平気、ほら、見てごらん」と言ってもバイバイするように手を振って「いや、だめ、カイこわいから~」と後ずさり(笑)。結局、彼はいまだに我が家の主を見たことがありません。

 松本にいる間はベビースイミングにも通ったというのに、この何ヶ月かですべて忘れてしまった様子。先日夏休みに突入したおねえちゃんと一緒に屋外プールに連れて行ったら、入る前の体をぬらすシャワーでまず「ひゃー! イヤだ、やめてー!」と叫び、いざプールに入れたら顔に水しぶきがちょっとでもかかると「わー!やめてー! いきができなくなっちゃう!」と悲鳴をあげる。もちろん、顔を水につけることも、潜ることも一切できず。ああ、ママはいったい何のためにスイミングに通わせたんだか……とほほ……。浮き輪も足がプールの底につかないのが怖いらしくて、まったく使用不可。流れるプールに入れるとずっと私が抱っこしてないといけないので、仕方なくカイトの足が届くちびっこ専用プール(水深50センチほど)でお姉ちゃんもぱちゃぱちゃしてもらいました。「ここだとクロールができないよ! 手が床についちゃう!」と彼女も不満げでしたが、なんとか妥協してもらって。兄弟の年齢差が大きいと、こういうときに不便だが、まあしょうがないな。

 オバケ、ヘビ、暗いところ、ミッキーなどの大きな着ぐるみ、ほかにも彼には怖いものがいっぱいあります。それにしても、小さい男の子が怖がる様子って、なんかめちゃくちゃかわいい! 萌え~(笑)。おびえるしぐさや、消え入りそうな弱々しい声があまりにもキュートなのでつい、わざとこわがらせたくなってしまう。ああ、ごめんねカイト、いけないわ、いけない母親だわ。でもこの甘い誘惑に勝てず、ついつい「これは大丈夫かな~?」と息子を実験台に使ってしまうママなのでありました。昨夜は川辺の花火大会に連れて行ったのですが、あの大音響にはちっともびびることなく、大喜びで見物していました。なだめなくていいからラクなんだけど、ママはほんのちょっぴりだけ、「ちっ、つまらん」と心の奥で残念がっているのでありました。