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第41回

 仕事が忙しければ忙しいほど、そのぶん子供たちに癒される日々。ただ、子供の顔を見るだけでいいのです。それだけで心からほっとする。

 こんなこと言ったら顰蹙を買うかもしれませんが、小さい子供のいる家庭ほど幸福な場所はないんじゃないでしょうか。それはもう、本当にささやかでちっぽけで、どこにでもある、一見当たり前のような光景です。子供のほうは、その幸福に気がついてすらいないかもしれない。でも、親にとっては、こんなに大切で愛しい場所は他にない。

 夜、家族で一緒に食卓を囲む。大皿に盛ったおかずからカイトが食べる分を小皿に取って小さく切ってあげたり、お姉ちゃんに「野菜も食べなさい」と促したり。お姉ちゃんは学校での出来事を話し、カイトは自分の話も聞いて欲しくて負けじと茶々を入れたり、テレビの前で芸人の真似をして踊り出したりと忙しい。パパが帰って来れば「おかえり~!おみやげは?」とうれしそうにねだる。そのうちふたりでケンカが始まってカイトが「おねえちゃんが悪い子した~」とわあわあ泣き出す。ああまったくもう、うるさいなあ~なんて思うこともあるけれど、でも例えばどちらか片方でもいなかったりすると、それだけでなんだか家の中にぽっかり穴があいたみたいになっちゃって、妙にさみしい。日頃すぐカイトに怒るくせに「あれ、今日、カイトいないの?なんか静かすぎてつまんない~」とお姉ちゃんがぼそりとつぶやいたり。こんなたわいのない日常が、何よりも、何よりもいとおしい。今だけの、幼い子供たちのいる家ならではのあたたかさ。

 街の中で、若いお母さんと小さな子が歩いているのを見るのも好きです。子供がにこにこしながら何かお母さんに話しかけていて、お母さんがそれに甘い声でやさしく答えている。そんな風景を見ていると、こちらまでほんわかした気持ちになって、思わず微笑んでしまいます。おじいちゃんやおばあちゃんが、小さな孫の手を引いて歩いていたり、おんぶしながら何やら小さい声でゆっくりとあやしている情景も好き。まだおぶえるほど幼いこの時期だからこその、心あたたまる風景。

 結婚して子供が生まれて、家族ができて。すごくベタな表現ですが、自分が親という立場になってはじめて「愛情」というものが何なのか、わかった気がします。親でいる、ということがどんなに幸せなものなのかも。自分が親にならない限り、人は幾つになろうとも、永遠に「子供」という立ち位置のままなのですね。誰かに守られる立場のまま。こう言ってはなんですが、自分のことだけ考えていればよい状態。しかしいったん親になると、死ぬまで「親」のまま。常にまず自分よりも何よりも大事な、命を賭けてでも守らなければいけない、守ってやりたい大切な存在がいつも心の片隅にある。

 親になってみると、いままで気がつかなかったいろんなものが見えるようになる。自分の両親がどんな気持ちで私を育ててくれたのか、あのときどうしてあんなことを言ったのか、がおぼろげながらわかるようになる。そうか、一生懸命レールを敷こうとしてたのは子供に平穏無事な暮らしをさせたいからだったんだとか、偉そうに見えたけど、実は親だってただの弱い人間だったんだ、なんてことまで見えてきたりして。自分の今までのワガママぶりや傲慢ぶりに恥じ入ることもしばしば。ああ、あのとき自分はなんてひどいことをしたんだろうとか。いまさらながら、自分の親への感謝の気持ちが芽生えてきて。

 カイトをきつく叱ったあと、そっと「ママ、ママはカイトのこと、だいすき?」なんて確かめるように聞いてきたりすると、思わずきゅ~んとしてしまう。「もちろん大好きだよ」と言うとほっとした表情で「カイトもママがいちばんだいすき!」と言ってチューしてくれる。親ってなんて幸せなんでしょう。こんなにも無条件で愛してくれる存在がいる、この絶対的な幸福。ありがとう。あなたたちがいてくれて、ママは本当にうれしいんだよ。どうか、どうかずうっと元気でいてね。ただただ、元気で。それだけでいい。ケガや病気で苦しまないでおくれ。精神的につらいことはね、これからいっぱいあると思う。でもそれは生きていくうえである意味、しょうがないことなの。誰も彼も、みんなそれを乗り越えて生きてるんだ。だからあなたたちも、頑張れ。できる限りの援助はするから。困ったときは何でも言ってね、一緒に乗り越えていこうよ。

 なんでしょうね、トシのせいかなあ。30代のときはとにかく目の前しか見えなくて、バリバリと茨の茂みをかきわけかきわけ突っ走るような毎日で、子育ても何をどうしたらいいのかまったくわからず、ただがむしゃらにやってきたけれど。40過ぎてから、なんだか以前よりも子供がいとおしくてたまらない。ワガママな言い草さえも、んもうかわいいんだからぁ、なんて思えて。カイトは特に、自分と40歳近く年齢差があるせいでしょうか。お姉ちゃんも最近はなんかかわいくて、時々むぎゅーと抱きしめたりしています。もはや体格は私と同じなので、あんまり子供って雰囲気じゃないんだけど(笑)。

 心に余裕が出てきたというわけではないのですが、昔より少しだけ許容範囲が広くなってきたような気もしています。子育てを楽しむ、という境地にはまだ遠く及ばないのですが(何よりお姉ちゃんはこれから中学、思春期真っ只中でこれから新たな問題が頻発して大変だろうしなあ)、子供といる日々、それ自体を楽しんでいるというカンジでしょうか。特に何事もないんだけれど、二度と戻らない、かけがえのないやさしい日々を。