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第16回

 子供の成長は、なだらかな上り坂ではありません。どちらかというと、階段に似ています。ふと気がつくと、昨日までできなかったことが、ある日突然できるようになっている。よいしょっと階段を1段上るように。大人にとっては昨日も今日も同じようなものですが、子供にとっては「○○ができなかった昨日」と「○○ができるようになった今日」とでは全然違うんですよね。日々進化していく、というのは見ていて本当に不思議です。

 12月の初めまで、カイトは両足ジャンプができなかったのです。両膝をぐっと曲げて、力をため、「ほっ」と勢いをつけて空に向かってジャンプ!!……してるつもりなのですが、どうしても片足ずつしか上がらない。ぴょこぴょこと片足ずつ跳ねながらの足踏み状態。えっ、子供にとって両足ジャンプってそんなに難しいものだったのか。知らなかった。「ママ!ジャンプしよ!」と母を巻き込みつつ、日々練習していたのですが、12月なかば、ふと気がついたら突然できるようになっていたのです。あれれ、いつの間に!

 ベビースイミングでのプールサイドからの飛び込みも、他の子はみんな大胆に1メートルくらい離れた位置から、ばっしゃーんと派手な水音をたてて豪快にママの腕に飛び込んでいくのですが、カイトだけはプールサイドの際でママと手をつないだままじゃないと水面にダイビングできない、へっぴり腰の弱虫だったのです。が、ある日急に、ママから50センチ離れた位置からでも飛び込めるようになりました。コーチも思わず感動するほどの上達ぶり。私も、もうこの子はずっとできないままだろうと思っていたので、その変貌ぶりに驚くやらうれしいやら。

 そして年が明けて2月のある日。突然、ワタクシ決心いたしました。カイトの卒乳を!

 秋口あたりから、ひそかに準備はしていたのです。ほっとくと1時間おきにおっぱいをしゃぶりに来るカイトに閉口していたので、もう昼間は断固として飲ませない作戦を発動。膝の上に乗って何気に私の服をめくり始めたら、さりげなくその手をかわして「なんかお菓子でも食べる? 積み木やろっか?」と気をそらし(単純なので誘導すればすぐに忘れる)、昼寝と夜以外は絶対に飲ませないようにしたのです。寝つくときだけはどうしても欲しがるので、それだけはまあ最後までとっといてあげようかと。

 しかし、夜中に何度も起こされて、もはやろくに出もしない胸を長時間ちゅうちゅう吸われるのはもうほとほとイヤになってしまって。力が強いから乳首は痛いし眠りはさまたげられるし、ああもう限界だ! 2年10ヶ月も飲んだんだから、充分だろうカイトくん! そろそろ卒乳してもいいだろう、させてくださいママのために!お願いだ! 本当は自然に離れるのを待ちたかったのだけど、あまりにも熱烈なおっぱい星人であるカイトを見てる限りでは、自ら卒業するなどという可能性は限りなく低いと見切りをつけ、もうきっぱりこちらから断つことにしました。

 2月18日の晩にスタート。寝かしつけるときに「カイちゃんおっきくなったからね、もうママおっぱい出ないんだよ。今日はおっぱいなしでねんねしようね」と、胸元に伸びてくる手をさりげなくかわして添い寝。と、なんと!奇跡的に泣きもぐずりもせずにそのままコトンと寝てくれるではないですか!や、やった!ていうかこんなにスムーズでいいんですか!?

 しかしそう甘くはありませんでした。いつものように、夜中に目を覚まして、さあ大変。普段は寝ぼけながらママの胸をまさぐって、見つけると目をつぶったままチュウチュウしてまたそのまま眠りにフェードアウトしていくのですが、今日は私が頑として触らせないので、いくらさぐってみてもおっぱいがない! 伸びてくる手をかわしつつ「カイちゃん、もうおっぱい出ないんだよ」と何度も何度も言い聞かせると、涙をぽろぽろこぼしながら切ない声で「もういっかい、ぱいのみたい」「もういっかい、ぱいのみたい」と何十回もずーっと連呼されて。そんな目をされるとこっちもつらくて申し訳なくて、親のワガママ勝手でこんなに欲しがってるものを無理やり取り上げてしまったのではという罪の意識にさいなまれ。いっそもう飲ませてしまおうか、今日のところは卒乳見送ろうかなんて決心がぐらついたり。いや、でもここでふんばらないとダメなんだ!とわが身に言い聞かせて「カイちゃん、ごめんね、ごめんね」と私も泣きそうになりながら必死で説得して。そのうちカイトは泣き寝入り。

 翌朝の寝起きもちょっとぐずったのですが、お昼寝のときはさほど欲しがらずに寝てくれました。おお!これはいけるかもしれない! 2日目の晩も、寝つくときはすんなり成功。でもやっぱり夜中はごそごそと胸のあたりをまさぐっておっぱいを探すので、その手をかわすために小さな手のひらをぎゅっと握ってあげました。まるで恋人同士のように手をつないで寝ましたよ。どうも寝ぼけてて理性がなくなってるときが一番ほしがるみたい。3日目の朝にも「もういっかい、ぱいのみたい」と小さな声でつぶやいていましたが、もうだいぶあきらめムードに。もうおっぱいはないんだ、というのがわかってきたみたい。

 その後はもう欲しがることもなくなり、順調に卒乳プロジェクト完了。結局、泣いたのは1日だけでした。昼間は今だにときどき私の服の襟元から手をつっこんで胸をさわりに来ますが(笑)、飲もうとはしなくなりました。「カイ、おっきくなったの」と自分で言うほどに。夜は眠くなると「カイ、ねんねする」と自己申告するようになり、横で添い寝してあげれば胸に手を伸ばすこともなくそのまますっと寝る。食事の量や機嫌も特に変わりなし。

 自分でやっといて言うのもなんですが、もっと修羅場になると思ってたのに、こんなにあっさり離れちゃってむしろ拍子抜け。なんだ、こんなに簡単ならもっと早くやればよかったなあ。おかげで私の体の負担はなくなり、格段にラクになりました。でもほんのすこうしだけ、さみしい気もしています。もうおっぱいを飲ませる行為とは、永久にさようならなんだな、授乳中に赤ん坊と目があって互いににっこりほほえみあう、あの輝くような至福の時はもう終わったんだなあ、と。カイトはまた1段、階段を上がったのです。