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第26回

 「ねえママ、将来ひこちゃん、何になったらいいと思う?」お姉ちゃんは、5年生になった頃から、よくこんなことを言うようになりました。「何になりたいの?」と聞くと、「それがわかんないから聞いてんじゃん!」「ああそうか、じゃあ何が好きなの?」「んー、やっぱ絵を描くことかな」「だったらそれ関係の仕事を探せばいいじゃん」「じゃあさー、どんな仕事があるかなあ~」とまあこんな会話がときどき交わされるようになったのです。

 子供は幼い頃から、将来のことを夢みます。おおきくなったらなんになる? サッカー選手?タレント?歌手?先生?ケーキ屋さん?本屋さん? 大人になったら、なんにでもなれると思っている、無邪気な時代。ひーこも保育園時代から、よくあれになりたい、これになりたいと毎度毎度違う職業を言ってましたっけ。その日の気分でコロコロと変わる、色とりどりのシャボン玉のような夢。今日はお花屋さん、明日は保母さん。ああ、子供の未来ってなんて夢にあふれてキラキラしてるんだろう。一緒に想像するだけで、こちらまで楽しくなってしまう。うんうん、お花屋さんになったらママも手伝ってあげるからね。ケーキ屋さんなら、ママが毎日お客さんになって買いに行ってあげる。あれを毎年お誕生日のたびに書き留めておいたら面白かっただろうなあ。カイトのときは忘れずやってみよう。

 しかし小さい頃は思いつくまま気のむくままに漠然と語っていたそんな夢が、5年生ごろからかなり具体的で明確になってきたのです。すぐに消えてしまうふわふわした夢でなく、地に足の着いたリアルな未来として。自分の好きなことを生かした職業に就きたい、というふうに。そして6年生になった現在、それはもっと現実的かつ計画的になってきました。もはや「将来設計」と呼べるほどに。

 今、彼女には特に仲良しの友達が2人いるんですが、彼女たちともよく将来の話をするらしいのです。どうやら彼女たちは、写真家になりたいと考えているらしい。それも日本中を回って、野生動物を撮る写真家に。で、ひーこは彼女らと部屋を借りて一緒に暮らして、彼女たちのアシスタントとして事務をこなし、2人が撮影で留守の間は自宅で仕事をする、と。だから家でできるイラスト関係の仕事はないか、と今一生懸命考えているそうなのです。なるほど、なにやら壮大な計画だけど、すごく楽しそうじゃん。私も子供の頃憧れたなあ、仲良しの友達と同居するって。

 「ねえママ、家でできる絵の仕事ってどんなのがあるの?」「よくわかんないけど、キャラクターデザインの仕事とかはどうなの? パソコンさえあれば在宅でできそうじゃん?」「うーん、それ、たくさん儲かる?」あら意外、この子けっこう野心家だったんだ(笑)。「いや、そりゃキャラクターグッズがわんさか出て、ばんばん売れるくらいすごく人気が出ればね。でもそこまでいかなくても、食べていくくらいはできるんじゃないの?ママもよく知らないけど。」「ふうん。他にはどんな仕事がある?」「じゃあ、絵本作家とかは?」「絵はいいけど、話が書けないよ。ママ書いてくれる?」「え~、書けるかなあ。じゃ、親子合作でやってみようか?」なんて調子で、ふたりでよくしゃべっています。なんとも勝手で調子のいい話。まあこれはこれで、他愛もない夢物語ではあるのですが。

 でも私はすごくうれしいのです。娘がちゃんと自分の将来のことを真面目に考えていて、何か仕事を持ってきちんと働きたいと思っていること。「結婚するまでは、ずっとママとパパと一緒にこのおうちにいる」と言ってた子が、自立して友達と住みたいと言い出したこと。もちろん、どちらもまだあと10年近く先のことで、まだまだ夢の域を出ないのですが、それでも漠然とではあるけれど、道の方向だけでもうっすら見えてきたというのは素晴らしいことだと思うのです。毎日マンガ読んで絵ばっかり描いてダラダラゴロゴロしてるように見えるけど、実際はいろいろ考えてるんだ、この子。しかも自ら「まあ、これから大人になるまでにやりたいことはまたあれこれ変わると思うけどね、友達もひこちゃんも」という発言まで。おお、わかってるなあ。

 先日、夏休み中にカイトも連れて3人で、三鷹のジブリ美術館に行ってきたのですが、そこで彼女はアニメを作る現場を初めて見たのです。正確に言えば彼女は2度目だったのですが、何せ前回はまだ小学3年生。まだ将来のことなんて考えてない頃だったので、「ふうん」という程度だったらしいのですが、今回はいたく感銘を受けたようで。「へえ、アニメのセル画って、裏から色塗るんだ。面白そう~」「ああ、これ、机の下から光当てるんだよねえ。これ欲しいなあ」「原画ってこんなカンジで描くんだ、へえ~」などと、目を輝かせてしゃべるではないですか。ついには「ママ、ひこちゃん、アニメーターになろうかな!」おいおい、さっそく路線変更ですかい! まあいいや、なんでも見て感じて経験して、じっくりと好きなことを探しておくれ。急ぐことはないよ、まだまだ時間はあるから。

 中学、高校、彼女はこれから誰と出会ってどんな経験をして、どんなふうに変わっていくんだろう。それを見守るのもとても面白い親の仕事だと思うのです。なーんてのんきに言ってられないかな、受験とかあるからねえ。とりあえずは普通の中学・高校に進んで、それから目指す道が決まったら大学を選ぶと本人は言ってます。「結婚はねえ、ひこちゃんが結婚しちゃったら、友達が同じ家に帰ってきづらいだろうから、結婚しないことにしようかな」ちょ、ちょっと待て! 結婚したら友達とは別居しようよ!(笑)まだ顔もわからない赤い糸の相手なんかよりも目の前にいる友達のほうがずっと大事な、ウブな娘なのでありました。