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第6回

■ニート国家ラオスと必要以上に頑張らないラオス人たち

 ニート純君のことを書いていて、ふと思いついたことがある。ラオスという国は、国そのものがニートじゃないかということだ。
 例えば国には農業以外、いや、農業とビアラオ以外、産業らしき産業がない。だからといって積極的に企業を育てていこうとする様子もないし、海外からの企業誘致も掛け声ばかりで具体的にどうこうするといった具体案も持っていない。それでいながら国として成り立っているのは、中国、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、タイに囲まれた地理を利用し、最後の共産大国・中国がラオスを踏み台にタイを経由しインド洋に抜けたいという思いと、それを阻止したいと考えている日本をはじめとした西側諸国との思いを駆け引きに使って、双方から援助金をドカドカとせしめているからだろう。そこのところは専門家ではないので詳しくは断言できないが、ビエンチャン市内だけでも、あちらこちらで行われている中国と日本からの援助による都市整備事業を見ていると、あながち間違いではないと思う。つまり国そのものが他国からの援助で成り立っているのだ。
 しかしだからと言って危機感があるわけではない。どうせ農業人口が八〇パーセントを占める国なのだ。インフラがどうであろうと、米は豊富に取れるし、煮炊きは炭がほとんどだ。毎日“銀座すきやばし次郎”のカウンターに座り、お好みで握り寿司をつまみたいと考えている国民でもない限り、食っていくには困らない。
 危機感がないから、他国からの援助に対しての感謝もない。援助してくれるというのだから、何でも貰っておきますよ。はい。という精神である。だってくれちゃうんだもん!                                                                                                                                                                              
 てな声が聞こえてきそうだ。つまりこれって、基本的生活費や住居をほとんど親に依存して暮らしているニートと変わりないじゃないのか? そう思えてしまうのだ。
 ところでこのニート国家ラオスというのがどうしてそうなったかについては、共産主義という体制が悪いだの、もともと資源が乏しい国だから致し方がないだの、それこそ諸説あるのだろうが、ごくごく個人的に言ってしまえばラオス人そのものの気質みたいなのがそうさせているのではないだろうか。必要以上に無理をしたくないという気質だ。必要以上に頑張りたくない。必要以上に汗をかきたくない。必要以上に働きたくない。
 だからと言って“金”がいらないわけじゃない。欲しいのである。たくさんたくさん欲しいのである。
 でも必要以上に頑張りたくないし働きたくない。
 ならばどうなるか。
 だれか金を稼いできてくれ。
 こういうことになる。
 そもそもラオス人の暮らしは大家族が多い。数組の娘夫婦とその両親。加えて親戚夫婦に子ども達みたいな大人数で、一つ屋根の下に暮らしているのが一般的だ。そして各家族がそれぞれに働いて稼ぎを持ち寄り、生計を立てているのである。一人一人の稼ぎがそれほどなくても、持ち寄って暮らせばそれなりに暮らせてしまうというわけだ。ならば無理に残業しなくたっていいもんね、ということになる。清貧を唱えるそばからあれ買えこれ買えと、さまざまな物をあらゆる媒体を使って押し付けられる日本と違って、そもそも購買意欲をそそられる物がほとんどないのである。
 例えば旅行に来てみればわかるだろうが、お土産にしたいものがなかなか見つからないのがラオスなのだ。だから不必要なものまで買って借金でヒーヒーというのもあまりないし、遊びに行くのだってディズニーランドなんてないから、森にある滝にでも行ってビアラオ飲みながら水遊びという安上がりこの上ないものに落ち着く。そしてそれでみんな結構満足している。矢作俊彦が『ららら科學の子』で書いたような、“買い物のために命を磨り減らしているみたい”な日本とはまるっきり正反対の国。
 家を建てることだってそうだ。日本みたいに三十年ものローンを組んで一挙に建てしまうみたいなことはまずしない。お金が貯まれば、その分の材料を買って少しずつ建てていくという方式だ。無理はしない。背伸びもしない。
 建てるときには大工を雇うばかりではなく、建てる当人や友人知人、親戚筋がこぞって手伝ってくれる。まさしく手作りの家である。だから完成するのに二,三年かかるなんてのはザラだ。屋根と壁さえ出来れば、さっさと移り住んで、作りながら暮らすなんてことも普通だ。なんだそう考えればカフェビエンチャンと同じじゃないか! おれって、ラオス式生活を知らず知らずに実践していたわけだ。やれやれ。
 とまあラオス人の必要以上に頑張らない生活ぶりを見ていると、とにかく頑張れ頑張れと生きてきた自分の人生っていったい何だったのだろうと考えてしまうわけだ。人生目的なんかなくても、結構楽しく生きていけるのね。というわけである。
 そんなラオス人が作っている国だから、ニート国家も当たり前か。必要以上に頑張らない国家なのだ。それを見かねて世々の国が援助したって、どんな役に立つものやら。
 えーと、何をおれは言いたかったんだ?
 そうだ。ちょうど開店して数週間経ったときのことだった。
 外国人であるおれがラオスで商売を始めるにあたって、役所との折衝などでいろいろな世話をしてくれていたブンミーさんが、仕込みをしているところにひょっこりと顔を出したのだ。そしてその手には一枚の大きな紙が。カフェビエンチャンの母体となる会社設立の証明書だった。それが出たら、あとは市からレストランの営業許可証を取る。それまでは申請中ということで仮営業というスタイルになる。そういう流れだった。
 ところがこの流れが、とんでもない方向にカフェビエンチャンを導き迷走させることになろうとは、おれはその時点でまったく気づいてはいなかった。そして流れを迷走させた元となったのが、手伝ってくれていたブンミーさんやチャンタブンを含めたラオス人特有の必要以上に頑張らない生き方であることにも。
 おれは会社の設立証明書を手に持ちニヤリと笑った。
 やったぜ!
 後で考えれば、お笑い以外の何物でもなかった。

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