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特別編

■カフェ・ビエンチャン【臨時】営業中! 2009 その4

1biyou.JPG●二月十五日(日)
 風邪が抜けない。喉がヒリヒリ。鼻もグズグズ。それでも買って飲んだ薬が多少は効いたのか、昨日よりも調子はいい。
 昼間はビューティ・ホリイがカフェ・ビエンチャン臨時店舗で出張ヘアーサロンを開く。東京の広尾で腕をふるっているカリスマ美容師に無料でカットしてもらえるとあって、下手をしたらクレヨンしんちゃんになりかねないラオスのヘアカット事情に普段から怒り狂っているアラ主任やヨシダはるか嬢、そしてブルースカイ・カフェのラオス人女性従業員など総勢七人がカットしてもらう。髪が小沢征爾状態になっていたおれもついでにお願いしてさっぱりと。以前、ビューティ・ホリイ嬢を広尾の田舎者呼ばわりして激昂をかったことがあるので、どのようなスタイルにされるかとヒヤヒヤしていたが、さすがプロである。カリスマである。
 ビエンチャン女子連が髪を切っているところを眺めているうちに、突然、女装大会をしようと思いつく。意味はない。だが意味のないことをするのは大好きだ。もちろん趣味ではない。ただひたすらに美しくなろうと髪を切られている女子連の姿に男子かつオヤジも負けてはおれぬと感化されたのだ。人生に意欲的たれ。CHANGE! である! YES WE CAN! である!

BABY.JPGのサムネール画像「よし! 今晩は女装大会をしよう!」
 ええええええっ! と驚きと賛同と嘲笑の声が。
「わたし、女子高生の制服を持ってるんですよ」
 言ったのは髪を切りに来たブティックを経営しているポンサリー嬢。『カフェ・ビエンチャン大作戦!』にも登場した若い日本人女性だ。
「よし。今晩は女装して店を切り盛りする。いや。今晩カフェ・ビエンチャンに来る男子はみな女装することを義務付ける。一流店ならではのドレス・コードだと思ってくれ!」
 わああああっ! と女子連から歓声。
「ぼくは嫌ですよ!」
 カメちゃんが悲鳴。
「TRY! ですよ! 自分の未知なる可能性を発見するんですよ!」
「未知は未知のままでいいです!」
「うるさい! 決定!」
 夜、女装をしたのはおれ一人であった。ポンサリー嬢が持ってきた女子高生の制服。赤いチェックのミニスカートに白いブラウス。それにスカートと同柄同色のネクタイ。身に着けたおれは変態バービーおやじ。
 店に来た白人客が笑い転げておれに握手を求めるが席につくこともなく帰ってゆく。女装クラブと間違えたのか。
 しかしなぜか心が浮き立つ。そのまま4Fから階下に降りる。
 ブルースカイ・カフェの客たちから歓声があがる。
 快感の人生初女装。
 女装を逃れようと逃げ回っていたカメちゃんが笑いをこらえている。
「よおし! このまま外を練り歩いてやる!」
 アラ主任が叫んだ。
「やめてください! 警察に捕まります!」
 従うことにした。
 それにしてもなぜポンサリー嬢は女子高生の制服なんて持ってるんだ? ビエンチャンは謎だらけである。

3YULALA.JPG●二月十六日(月)
 風邪と二日酔いのWストレートパンチで夕方まで寝込んでいた。気持ち悪い。頭が痛い。喉が痛みで焼けつく。
 昨晩はアラ主任の忠告に従って街の練り歩きは中止し、そのまま女装を解く。しかし高揚した気分は容易には治まらず酒盃を重ねるだけ重ねた後に店を閉め、そのまま近くのお洒落なカフェ"YULALA"に突入してさらにワインをがぶ飲み。帰るのが面倒になったので、泊めろ! と叫んで強引に店に泊まってしまった。ゲロを吐かれることを恐れ監視するためなのか、店主オカダがおれの横に寝ようとする。だが泥酔したオヤジの思考は違う回路をめぐり帰着する。さては女装で色気を増しているおれに何かしようという魂胆だな。おれは叫んだ。
「添い寝不要! ええいっ! 立ち去れ!」
 最低の酔っぱらいだと本日はベッドで苦しみながら反省。
 "YULALA"は日本人の若夫婦がやっているカフェである。奥さんがとても可愛い。しかしこの一件ですっかり嫌われてしまったことは必定である。人生の出会いと別れ。世の無常を感じる。

●二月十七日(火)
 体調未だ優れず。女装バッド・トリップ。
 しかしそれでも店を開けるのがカフェ・ビエンチャン店主のプライドである。今日はさっぱりとした焼き茄子風味の胡麻ダレ冷やし中華を作ろうと発起。タラート・チン(中国市場)で芝麻醤を買ってきて作るが、出来上がってみるとなぜかスペインのガスパチョみたいな味になってしまう。
「不思議で変わってるけど好きですよ、この味」
 ビューティ・ホリイが言ってくれる。
 カフェ・ビエンチャンの客はみな優しい。そして店主はつけあがる。

5sarada.JPG●二月十八日(水)
 体調はようやく回復基調に。それでも鼻水はグズグズ。カメちゃんが昼間働いている会社のラオス人従業員を連れてきて、カフェ・ビエンチャンで飲み会を開いてくれる。以前もそうだったが、このようにお客を連れてきてくれるだけではなく、さまざまなことで助けてもらっているカメちゃんには、ほんとうに感謝である。
 カメちゃん御一行様に出した料理は、ビエンチャン産無農薬マッシュ・ルームのフライ。同じくビエンチャン産無農薬野菜を使ったサラダ。夏野菜と鶏肉のクリーム煮。そしてキムチとザーサイと皮蛋を細かく刻んで豆腐にかけた冷やし豆腐の四品。
「クロダさん、今日のメニューは満足ですよ!」
 この声が料理人の励みになる。そしておれは、ますますつけあがる。
「今日のメニューだけじゃなくていつも満足なんですよ。うちは!」

6kame.JPGのサムネール画像 店を閉じたあと、カメちゃんやアラ主任、ヨシダはるか嬢などと近くのラーメン屋にラーメンを食いにいく。ラーメンといってもラオス式のもの。あっさりと澄んだ薄味のスープでとてもうまい。麺は極細の中華麺。東京風の塩ラーメンといったところか。しかしこれにラオス人はテーブルに置いてある酢や砂糖やチリソースやナンプラーをドバドバとかけ、自分好みの味に変えてしまうのが普通だ。日本のラーメンの名店で睨みをきかせる頑固オヤジあたりが見たなら、必ず怒鳴って追い出すだろう所業だが、ラオスに長く生活しているとこうしなければ美味しいと思えなくなるからあら不思議。おれたち酒後のカフェ・ビエンチャンらーめん同好会の面々も思い思いにどんぶりの中身を変えていく。
「えいやー! 砂糖をぶち込んでやる!」
 カメちゃんが叫ぶ。
 思い出す。以前も店が終わったあとは、残っていた客たちとこうしてラーメンを食いに出たものだ。時間が止まって見える。何も変わっていない。世界など知ったことか。世の中から忘れられるこの快感。ビエンチャンである。







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