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第5回

 たまたま同時期に同名タイトルの本が二冊出た。『会社は誰のものか』(吉田望著、新潮新書)と『会社はだれのものか』(岩井克人著、平凡社)である。厳密には同名ではなく同音か。奥付によれば前者が2005年6月20日発行、後者が同6月24日発行である。

 たまたま、とは言ったが両書がともに「ライブドア対フジテレビ」騒動の話題から語りはじめるように、今年前半に世の中を賑わせた一連のトピックへの関心の高さが前提となっているのは当然。実際、わが店でも買収・M&A関連、とくに敵対的買収とその防衛策についての本はよく動いていた。
 この二冊、タイトルの問いに対する答えだけを見れば、まったく正反対の主張。吉田氏は「会社は株主のものである」(=株主主権論)、岩井氏は「株主主権論は…法理論上の誤り」であると述べている。

 岩井氏の『会社はだれのものか』は、2003年に刊行され第二回小林秀雄賞を受賞した『会社はこれからどうなるのか』(同じく平凡社)の「続編」と銘打たれているが、ライブドア騒動を受けての語りなおし/再講義+前作発表後の対談三本といった内容で、とくに前半の書き下ろし部分には一部を除いて全くの新味というものが実はあまりない。しかし、おもしろい。前作の興奮が確実によみがえる。
 前作が刊行、そして小林秀雄賞を受賞した時点では、私はまだ梅田店に来る前であり(というか未オープン)、ビジネス書の内容に全く関心がなかったため、小林秀雄賞っていってんのに「ビジネス書」が受賞すんのかいな、とか思っていただけであった。
 しかし、ほんの数ヶ月前に『会社はこれからどうなるのか』を読んで、驚愕した。とにかくおもしろいのである。「会社」という存在が何なのか、「法人」という概念を緻密に検討することで解きあかしていくプロセスから放たれるむんむんの知的興奮、しかもそれをこんなに平易な文章と表現で実に見事に説明していく手際、ほんとうにすごい。学者の鑑だと思う。本の体裁や著者の印象だけ比べるとかなり遠いが(失礼?)、これはある意味『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(山田真哉著・光文社新書)にも勝る平易さ・わかりやすさだと思う。私が言うのもいまさらだとは承知していますが、未読の方、ぜひ読んでください。

 話をもとに戻すと、岩井氏は「法人」についての解釈から「株主主権」を否定するのに対し、吉田氏は岩井氏の前著をふまえ「株主資本主義のみを正当とするのは論理的な誤りである」という主張を「全くそのとおりだと思」うとするものの、「現実の企業経営」では「正しさ」よりいかに「生き残れるかどうか」が大事であり、その視点では「株主主権主義」が勝利を収めた、としている。しかし株主側からの視点で考えると「最初に利益を享受しようとする株主は、株主とは言えない」のであり、顧客・取引先・従業員……という会社が利益を与えるべき優先順位において最後に来るのが株主であり、「株主は最後に利益を享受するがゆえに主権がある」とするのである。そこにモラルやガバナンスの問題が生じてくる。

 これはこれでとてもよくわかる。ので、どちらの主張が優れているのかは私には判断できない(あるいは比較できない)。しかし、読んでおもしろい(より良い読書体験ができる)のは私にとっては明らかに岩井氏の本である。岩井氏はひとつの明確なテーマを理論的に掘り下げ展開し着実に論じるのに対し、吉田氏の本は各所でひらめき的にいろんなトピックが飛び込んできてやや散漫になった感がある。ネット企業の各経営者についてのジャーナリスティックな記述など、必要性があまり感じられずまとまりを損なっているように私には見える。

 そういえば思いだしたのだが、以前そういうこともちょっと知っておこうと思って『知財戦争』(三宅伸吾著、新潮選書、2004年10月)と『著作権とは何か』(福井健策著、集英社新書、2005年5月)を読んだときに同じようなことを感じた記憶がある。『著作権とは何か』が「著作権の最大の存在理由(少なくともそのひとつ)は、芸術文化活動が活発におこなわれるための土壌を作ることだ」という明確な主張のもとに議論を整理し、本質的でわかりやすい好著になっているのに対し、『知財戦争』は青色発光ダイオード裁判をはじめとした「知的財産権」にからむ裁判・闘争のレポートを中心としており、まとまりはちょっと見出しにくい。
 むろん、『知財戦争』の三宅氏は日経新聞で産業部・経済部・政治部の記者を経て編集委員となったばりばりのジャーナリストであり、当然そういった前提で書かれた内容であるからあたり前なのだけれども、私の好みとしては、本質的でわかりやすいほうが…という趣味の問題なのである。先ほどの吉田氏とあわせ、たまたまどちらも新潮新書であったので思いだしただけです。

 最後に余談。同名のタイトルというのは書店の側からすれば危険である。お客さんからの問いあわせであったり社内の連絡であったり、まさか同名の本があるとは普通前提せずに考えているものであるから("日本経済入門"とかは別ですよ)、なんの疑いも抱かずに取り違えてしまうケースが想定される。出版社に間違えて電話してしまい指摘される恐れもある(「それはウチが出している本ではありませんねえ。ふ」などと言われたときほど恥ずかしいものはない)。ましてや今回は新書と単行本、担当者が別の可能性が高い。みんな間違うなよ。お客さん、著者名と出版社名も教えてくださいね。

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