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第24回:~東口の雄・山下書店新宿本店の最期~

 その言葉を聞いたのは夏の終わりの夕方だった

 「ながしまさん、今日は重要なお話をします。 実は11月をもって本店を閉店することが決まりました」
 打ち合わせで使ういつもの喫茶店。若い女の子の笑い声の向こうで、社長がゆっくりと台詞を紡いだ。向かい合わせに座る私の目をいつも通りじっと見つめ、重くなく軽くもなく、ごく普通の世間話のように切り出した言葉だった。
 同時に「っぅ、ふぅ~」深いため息が聞こえた。私の右隣に座っていた部長からだった。
 無理をして明るく振舞い、私に告げる負担を軽くしてくれようとする太陽のような社長と、耐え切れない思いに押しつぶされてしまいそうな北風のような憂鬱な部長の間で、ただただ小さくなって消えてしまいそうな私がいた。自然の驚異になすすべも無く立ち尽くす旅人のように、自分の存在がとても小さく感じた瞬間だった。
 
 チェーン内での正式発表より1週間だけ早く、本店の社員に告げられた現実。
 まだ 誰にも言わないで欲しいという言葉にうなずき、席を立つ。
 
 その日の帰り道は東京―新宿間を行ったりきたり何度も折り返してしまった。目的の場所で降りれないのだ。心が動揺してグルグルまわって、思い通りに体が動かない。いつもの道のり中央線の約15分の道のりを3時間以上もかかってしまった。
 
 次の日朝一で、仲の良い出版社さんから「1月に出るコミックのイベントを本店でやらないか?」とお誘いを受け、しばし絶句。(その頃はもうお店は無い。私はそのとき初めて“存在が無くなる”という重大さにあらためて気が付いた)もちろん上手く受け答えが出来ない。いつもと違う歯切れの悪さに、先方よりやさしい口調で「どうしたの?」と心配をしていただく。 電話を持ちながら涙があふれる。
 
 私が泣いている姿は一緒に働くアルバイトに見せられない。彼らに告げるのはもう少し先だと強く言われていたからだ。グッと気を引き締めて業務に戻る。
 午後になりいつもより大量に注文分の本が届いた。「え~」と苦笑いをしながらも一丸となって本を補充し始める。そして、やはり、ふと気が付く。お店としての時間が明日はあるけど、半年後は無い事実に手が止まる。心臓がバクバクいって、呼吸が苦しくなって、作業が手に付かないほど独り動揺する。
 
 社長から聞いた「理由」や「経過」これからの「計画」を何度も何度も反芻して思い出す。納得が出来るか出来ないか、というより すでに決定してしまった問題に私の頭と体が付いて行かないのだ。
 正式発表までの1週間は本当につらかった。耐え切れず、一番仲の良い私の右腕のスタッフにだけこの事実を告げた。彼女の動揺も激しく、もともと色白の顔色をいっそう青白く変え、今にも貧血で倒れそうだった。
 
 そして、一週間後まず山下のチェーンの会合が開かれ店長クラスにこの事が発表された
 さらに5日後くらいに本店のアルバイトを一人つづ店長が呼び出し告げた。
 
 昭和39年、山下書店新宿本店は開店。以来40年新宿の駅ビルに住みつき、時代を眺めてきた。その歴史の長さに圧倒される。しかし同時に、毎日 本当に楽しく業務に携わるこの「生活」が一瞬でなくなってしまう事実も重い。「その日」になればもう今のメンバーと仕事が出来なくなる。それは…とてつもなく 悲しい。
 売り場に目を向ければ、お世話になった出版社の皆さんの顔が次々と浮かぶ。お客様との色々なやり取りが思い出される。
 
 2日間位、スタッフ全員が何だかうっそうとした日が続いた。
 
 その間も、本が届く。閉店の事実を知らされていなかった頃に組んだフェアが3点 ほぼ同時に進行する。黙々と手を動かしているうちに、アルバイトさんから声がかかった。「ながしまさん、良いフェアですね。コレが最後になるかも知れないけど、お客さんはきっと喜んでくれますよ。あたしは、来年卒業論文で忙しくなるのでどちらにしろ今年いっぱいでやめなきゃいけないんです…でも山下で働けて良かったです。すごい楽しかった。11月の最後の日までよろしくお願いします」
 
 彼女の声に反応するように、次々とフェアの周りにスタッフが集まってきた。入れ替わり立ち代り、思い思いの感想を言って笑顔を見せてくれた。そのとき誰からともなく「最後まで、自分が頑張れる最後まで、頑張ろう」と気持ちがひとつになれたのである。
 
 閉店の理由は色々ある。複合的で深い。今 まだ整理が付かない私の口からは到底表すことが出来そうにない。(せめて半年先まで待って欲しい。いつか必ずお話できる日が来るはずだ)
 でも社長は彼の言葉で私たちスタッフに隠すことなく話してくれた。後日業界新聞に載せた公式発表には「発展的な業務整理」となっていて、正直、閉店に向けての話の上では会社への不信感はあまりない。
 社員、アルバイト希望をすれば全て山下の他のお店に移れる約束も頂いているのもその理由のひとつ。

 今 私たちは線香花火の最後の火花の“バチバチ”くらい盛り上がっている。(このお話を聞いた出版社様からも各種応援の声を頂き、中には自作のディスプレイを持ってきてくれた方もいた。注文控えや減数などもまったくなく、販促商品を始め、サイン本、サイン会、限定商品などテンコ盛りで「明日」があるお店同様、お客様のために毎日営業している)

 あと2ヶ月。
 機会があれば、是非 新宿の山下本店に遊びに来てほしい。
 新宿40年の歴史に恥じないよう最後の最後を燃え尽きたいと思ってる☆ 

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