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第2回 「今年読みたい本」(2)

 前回の続き。去年読んだ小説でいちばん面白かったのは、奥泉光の『鳥類学者のファンタジア』(集英社)だ。「ありきたりの小説」というものから最も遠く離れたところで書こうとされ、実際に書かれてしまった奇跡的傑作。実験的な書き方が「難解」や「退屈」に繋がることなく、逆に「笑い」の醸成装置になっているところがすごい。売上のことを考えるとタイトルがいまひとつだったように思うが、最後には爽やかな感動を残してエンターテインメントとしてもしっかり読ませてしまう内容には全く文句のつけようがない。一昨年の島田雅彦『彗星の住人』(新潮社)と並んで、現代日本文学の最高到達点を示す作品と言っていいだろう。従って今年の期待は、これらを超える作品が誕生するかどうかという一点にまず集中する。

 現在絶好調の奥泉が今年どんな作品を上げてくるか、ということももちろん気になるが、とりあえず去年11月の予定だったのに刊行が遅れている島田の新作『美しい魂』(新潮社)が何より待ち遠しい。これもまたタイトルがどうにもうまくないような気がするのだが、『彗星の住人』の続編で、「考えられる限り、もっとも危険で、甘美で、それを描くことが難しい恋」(『彗星の住人』あとがきより)の物語だ。まだ読んでいないので断言はできないが、皇族を絡めた三角関係のような話になるのではないか。いかにも島田雅彦らしい「天皇小説」が生まれようとしている。これに期待しないわけにはいかない。

 文芸誌発表時点で興味があっても単行本の刊行を待って買う習慣の私は、今回芥川賞を受賞した長嶋有の作品もまだ読んでいない。近々受賞作を含む作品集が文春から出る予定なので、それを読みたいと思っている。受賞作『猛スピードで母は』は母子家庭の物語。私も母子家庭で育ったので、ひときわ厳しい目を用意しつつ楽しみにしている。

 吉田修一、金城一紀、阿部和重、清水博子、鈴木清剛、横田創、といった自分と年の近い作家への期待と同時に、ニュースステーションにまで出演して「伝える」ことにやたら意欲をみせている大江健三郎が今年どのように動くのかも大変気になる。

 また、いったいあの人はどうなっちゃったの?という作家が何人かいる。まず何といっても、比留間久夫。89年に『YES・YES・YES』(河出)で文藝賞を受賞して以来ややパンキッシュな青春小説の傑作を書き続けていたが、ここのところ音沙汰がない。幻冬舎文庫に収められている『100%ピュア』なんてめちゃくちゃよかったのに、どうしたのだろうか。出版社のみなさん、比留間久夫をもう一度引っ張り出してください。お願いします。あと、松本大洋のイラストを表紙に使った『ノックする人びと』(河出)で強い印象を残した池内広明。佐内正史の写真を表紙に使った『君を、愛している』(ジャパンミックス)で私の胸を詰まらせた高須智士。第一線への帰還をお待ちしております! さて2回続けて今年読みたい本について書いた。言ってみればこれは私の自己紹介のようなものである。次回以降は、もう少し日々の仕事に直結した話を書くことになるだろう。実際、年明けて半月が過ぎ、カレンダーバーゲンも終わって、書店に「日常」が戻りつつある。私の職場近くでもうすぐ「青葉台書店戦争」が始まることもあり、店作り・売場作りの再点検が必要だ。できるだけ明るい話が書けるといいのだが、どうなるだろうか。

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