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第12回   「吉田修一の小説を読んでください」

 吉田修一が『パーク・ライフ』で芥川賞を受賞した。『パレード』で山本周五郎賞を受賞したばかりだったのでちょっと不利だと思っていたのだが、5回目のノミネートを逃しはしなかった。新しい作家の小説を読むのが好きな人の間では既に頭ひとつ抜けた評価を得ていただけに結果は当然とも言えるが、そういう作家への授賞を度々逃してきた芥川賞でもある。外野から、今回の選考に拍手をおくりたい。個人的には99年に藤野千夜が『夏の約束』で受賞したとき以来の盛り上がり。これを機会として吉田修一の愛読者が増えることを楽しみにしている。
 吉田修一はデビュー作の『最後の息子』以来、『破片』『突風』『熱帯魚』と芥川賞にノミネートされ続け、最も期待される新人のひとりとして文壇的にも確かな評価を得てきたが、言うまでもなくそういう作家が必ずしも売れるとは限らない。しかし吉田修一の本は新人のものとしてはたいへんよく売れていた。つまり文壇的評価のみならず読者からの支持も取りつけていた。専門家から高く評価され、なおかつ一般読者の食いつきもいいとなれば、そこに何かしらの面白さがあるのは間違いなく、こういう作家こそ、書店の文芸書担当者が最優先で取り扱うべきものであろう。何か面白いものはないかと訪れる読者に対して、こういう作家を紹介できないでいたとしたら、全くもって役立たずである。
 吉田修一の小説は端的に言って読みやすい。80年代のポップ文学やいわゆる「J文学」の読みやすさを継承している。しかし、ただ読みやすいだけではない。なんてことない物語のなかにひっそりと新しい価値観を差し挟んでみせるのが吉田修一の得意技であり、そこに新鮮な読み応えがある。この新しさは、例えば辻仁成や山田詠美の小説を完全に過去のものとするだけの力を持っている。うかうかしていると鈴木清剛ですら危ない。読んでいただければわかると思うが、特に「性」の扱い方にその新しさが清々しく表れている。・・子が今回の選評で「性欲がない」と評していたが、「ない」と言いきっていいかどうかは疑わしいものの、「性」に絡んで独特の表現を持っているのは確かだ。
 
 文藝春秋は吉田修一を小説界の新しいスターとして大々的に売り出す用意を進めている。出版社の「仕掛け」にはちょっとどうかと思うものもたくさんあるが、吉田修一なら文句ない。全国の書店の皆様、吉田修一で大いに盛り上がりましょう!

 なお、「性」、特にジェンダーに関わるものとして、星野智幸の最新刊『毒身温泉』(講談社)も面白かったので推薦しておきたい。

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