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第10回(第8回のつづき)

 前々回の最後に「次回につづく。」としていながら前回はつづけなかったので、今回つづける。

 さて、「万引きされにくい環境デザイン」を考えるにあたり、『犯罪は「この場所」で起こる』(小宮信夫著・光文社新書)が挙げている「犯罪に強い三要素」をまず紹介してみたい。
 「犯罪に強い三要素」とは、「抵抗性」「領域性」「監視性」である。「抵抗性」は標的(人・物)についての概念であり、「領域性」「監視性」は場所についての概念である。さらにこれらはハード面・ソフト面に区別される。
 「抵抗性」とは、犯罪者から加わる力を押し返そうとすることであり、ハード面の〈恒常性〉(一定不変なこと)とソフト面の〈管理意識〉(望ましい状態を維持しようと思うこと)から成る。
 「領域性」とは、犯罪者の力が及ばない範囲を明確にすることであり、ハード面の〈区画性〉(区切られていること)とソフト面の〈縄張意識〉(侵入は許さないと思うこと)から成る。犯罪者にとって物理的・心理的に「入りにくい」ということである。
 「監視性」とは、犯罪者の行動を把握できることであり、ハード面の〈無死角性〉(見通しのきかない場所がないこと)とソフト面の〈当事者意識〉(自分自身の問題としてとらえること)から成る。周囲から犯罪者が物理的・心理的に「見えやすい」ということである。
これらの要素が高いレベルで守られていれば犯罪機会が少ない、すなわち「犯罪に強い」ということになる。

 そこで、書店にとっての「犯罪に強い三要素」を考えてみる。
 まず、「抵抗性」について。これは棚づくりや売場整理などの日常業務が、基本どおりに一定のレベルで間違いなく運営されていることが第一である。ハード面の〈恒常性〉は、棚がきつすぎずゆるすぎず、売れて空いたスペースはすぐに補充され、常に一定の外観を保っていることであろう。ソフト面の〈管理意識〉はこれらの作業を常に心がけていることや、担当者が棚の商品を逐一憶えてどのタイトルがいま棚に無いのか即答できるまで熟練しておくことか。
 万引き犯もすぐに犯行が発覚しないよう、目立たない方法を採ることを考える。棚から抜く場合であれば、平積みや面陳になっている本を抜く本の代わりに一冊ずつ差して穴を埋めたり、逆に平・面から一冊ずつ盗んでパッと見ではわからないようにしたりする。逆に言えば、常に管理が行き届いている棚からは万引きしにくいのだ。

 しかし、「領域性」については難しい。「領域性」とは「入りにくい」ようにすることであるが、商売している以上、入りにくい領域があってはまずいだろう。「萌える男」たちが屯っている空間など、部外者が「入りにくい」空間は結果的に存在するが、これは防犯とは無関係である。

 最後に「監視性」である。ハード面の〈無死角性〉については、現在どんどん難しくなっていると思われる。大型書店が増え、在庫量・アイテム数で勝負する態勢が主流となってから、棚はどんどん高くなったり狭いスペースに詰め込まれたり、死角はむしろ増えている状態である。目線の高さ以上の棚に入り込むと、もう隣の筋・通路に誰がいるのかわからない。お客さんとして立つときは周りが気にならなくていいというメリットもあるのだが。以前は高い棚でも上部と下部が分離されており、ちょうど目線のラインはパイプでつながっていて見通しが効く(?)という什器があったが、最近はあまり見ない。
 また、防犯カメラも重要であるが、なかなかすべての領域をカバーできるものではない。
 警備員の存在も重要であろう。が、警備会社や個人によって差が激しい。しかもこれもすべての売場をカバーできるわけではない。「私服警備員巡回中」というようなステッカーが貼ってある店も多い。「万引きは即警察へ通報します」といった表示もよく見る。しかし犯罪者ならぬ一般の客としてはこうした表記はあまり気分のいいものではないだろう。
 ソフト面の〈当事者意識〉については、まずスタッフ全員が万引きの実態・被害について知ることが大事であろう。棚の担当者や上司だけが騒いでいるのではなく、売場の全スタッフが意識していることが重要となる。そのため、被害があれば速やかに報告し、情報を全員で共有しなければならない。

 ここまで書いていて思ったのだが、以上は基本的に日々我々が店長に(口を酸っぱくして)言われていることそのままではないか。「基本」の大切さをあらためて実感する次第です。反省。反省。反省。……。

 ところで、『犯罪は「この場所」で起こる』には、もうひとつヒントがある。それは著者自身が積極的に推進している「地域安全マップづくり」についてである。
 地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を表示した地図である。言い換えれば、領域性と監視性の視点から、地域社会を点検・診断し、犯罪に弱い場所、すなわち、領域性や監視性が低い場所を洗い出したものである。
 著者やその教え子たちは、各地の小学校などで地域安全マップづくりを指導しており、子どもたち自身に調査・作成させることで犯罪に強い三要素を理解させることができるとともに、地域住民も子どもたちのマップ作製作業に参加することでコミュニティとしての縄張意識と当事者意識を高めることができると主張している。地域安全マップづくりは「被害防止教育の切り札」であるとまで述べている。
 これを参考にすれば、書店でも「売場安全マップづくり」が可能であるだろう。実際に売場に立つ全スタッフに、自身の目で売場の危険な場所・監視性の低い場所を洗い出してもらいマップを作製することで、縄張意識・当事者意識を高めることができるはずである。管理者が「こことここが危険だから注意するように」と押しつけるだけでは十分に伝わらないそうした情報も、スタッフ自身が「発見」することで効果的な意識づけになると思われるが、いかがだろうか。

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