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第1回:~それは 年に2回、本屋がお祭り騒ぎになる日の事~


 1月中旬、第130回芥川賞と直木賞が発表!

 その日の朝、店長は誰よりも早く出社してチケット予約のように繋がらない受賞作の発注を出版社にしていた。電話の間に様々な指示が飛ぶ。よく刑事ドラマで係長の机の周りに他の刑事が集まって「○○さんと○×は被疑者の身辺調査、もう一度洗い直せ」「××と△×は証言の裏を取ってくれ」「△▲は残って犯人からの連絡を待て」とかいって全員が ザッと散る場面があるじゃないですか。この日の朝のウチの店はあんな感じ。
 店長(文芸担当)と私(コミック担当)が「○○出版社の受注センターに電話がからない」「あ、編集さんに知り合いがいます そっちかけてみますか?」「頼む。もし出来たら×冊貰って。重版分からなら△冊ね」「はい 了解です!」と本の手配を電話やFAX、メールでする間に、実用担当はお客様用に受賞のPOPを書き始め、ディスプレイの準備を始める。文庫の棚からは受賞作家の過去の関連作が集められ、お店の一番良い場所に移動され始めた。ベテランのアルバイトさんも受賞作のリストを作りスタッフ用に題名と商品情報をまとめてくれる。もちろん通常の開店準備や品出しと平行作業なので開店までの1時間は嵐のような忙しさだ。しかしスタッフが一丸となって取り組む事で忙しさはは心地良くも感じる。
 開店ギリギリに、何とかコーナー作りが済み、あらためてレジ担当とも「売れるといいね。がんばろうね~」と声を掛け合った
 
 お昼過ぎ。受賞作品4点の手配終了後も文芸部門は忙しそうだ。直木賞はベストセラー作家のため関連書品も各出版社から多数出ていて、あいかわらず店長は電話にかかりっきりで「おめでとうございます!!」と嬉しそうな声がバックヤードから何度も聞こえる。受賞作家の作品を持つ出版社は重版情報で大騒ぎだ。店長は1件1件電話をしてお祝いをのべ、本を発注する。本当はPCのネットとか流通センターでまとめて注文した方が効率は良いのだが、いつもお世話になっている営業さんに直接お祝いを言うのは電話でなければ出来ない。店長の下で修行中の若い社員もそんな彼のやり方を真剣に見つめてフォローをしていた。(そういえば彼は今回始めてこの賞の騒ぎを体験してる─朝からちょっとビックリして周りの勢いに押されぎみだ。君がいつか店長になる日も来るだろう、その日のためにしっかり“ボス”の姿を勉強してください。どの業界でも仕事は教えてもらうだけでなく盗み取るものなのだよ☆と、私は心でエールを送る。) 
 
 私の担当するコミック部門でも 過去に受賞作家の原作をコミック化したものがあったので急いで手配。ついでに文芸作品が原作の他のタイトルも集めてフェアでも組もうかな……。
 
 夕方5時を過ぎると 案の定、会社帰りのOLさんからの問い合わせが相次ぐ。受賞作が売れていくたびに 各レジに内線を入れ残数のカウントダウンが始まり、6時には芥川賞は両方とも完売。次の入荷予定のお知らせを貼り出す。空いた場所には用意しておいた関連商品を並べ替える。それでも まだレジへの問い合わせは止まらない。物を売るだけが本屋ではない。本のためのサービスを提供するのも書店員の大切な仕事の一つだ。ここからがもうひと勝負、さぁ張りきって行こう!!
 レジ駆け込んで来た若い女性のお客様は「ここで4件目なんです。何処にも無くって……」とすがりつくように聞いてきた。 次にいつ入荷するのか?それはどの売り場に並べる予定なのか?を伝えながら文芸コーナーにご案内すると「それなら、今日はこれを頂いて……また来ますね」と同じ作家の関連商品を買っていかれた。「何をお探しですか~」なんて接客販売は書店ではあまり見かけないが、この日は特別。普段本屋さんにあんまり来ない方もTVなどの話題にあおられるように大勢来店される。「本屋」が親しみやすい場所だと言う事をアピールするチャンスでもあるのだ。社員全員、担当に関係なく接客に駆けずり回る。
 
 夜8時頃には流石に騒ぎも落ち着いてきた。それでも確実にいつもより文芸コーナーにはお客様が集まっているようだ。普段よりだいぶ遅くなってしまったが、心地よい疲労と共に帰りの家路につく 実に楽しい一日だった。

「賞」というのは賛否両論あるだろう。出版される本はそれぞれに素敵な所があり、一列に並べて比べられるものではない。しかしこの「賞」によって出版業界や書店が活性化されるのも現実。業界にとってハレの日。こんな毎日が365日続いたらいいな~と思う。
 実際、そんなになったら、忙しすぎて倒れちゃうかもしれないけど(笑)。

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