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第6回

 スポーツニュースで「…ロッテの先発はエース清水」と言うのを聞くたびに、聖飢魔Ⅱを思い出すのは私だけではないと信ずる。SGTルーク篁Ⅲ世はいないのだろうか。タカムラ、高村といえば数年前までのホークスは近鉄・高村によくやられていたなあ。近鉄というチーム自体が苦手だったわけだが。

 「ホークスびいき」を標榜したものの、野球の話題はする機会がないかと思っていたらびっくり、こんな本がでた。『和田の130キロ台はなぜ打ちにくいか』(佐野真著・講談社現代新書)である。
 まず、タイトルがすごい。私にとっては「和田」といえばまさに和田であり、早稲田大~ホークスの和田なわけだが、世の中的には、どうだろうか。東京六大学の奪三振記録更新・新人王・アテネ五輪代表と、実力と実績はすでに十分であり、プロ野球界を代表する左腕のひとりと言ってよいが、如何せん、名前にインパクトがない。「オリンピックで…」などと説明されて「ああ、あの和田…」とはじめてピンとくる人も多いのではないかと思う。「野茂」「イチロー」のように普段野球に興味のない人でもすぐわかる名前ではない。「松井」も平凡だが、すでに松井といえば秀喜である(あるいは稼頭央も)。これらビッグネームに対し「和田」という名前だけではやや心許ない気がする。
 また「130キロ台」という表現もすごい。もちろん「130キロ台のストレート」なわけだが、一定の野球リテラシーがないと理解できない不親切とも心憎いともいえる表現がうれしい。おそらく、こうした書名にしたのは著者が参考文献にもあげている『野茂のフォークはなぜ落ちる』(小岩利生著・日本実業出版社)のタイトルを意識してのことであろう。巻末に特別付録として和田の卒業論文を全文掲載するというマニアックさも唸らせられる。

 ところで、プロ野球界に限らず、最近のスポーツ界でもてはやされるのは「クレバー」な選手である。クレバーであるということが何よりも良い誉めことばになっている感がある。「野村ID野球の申し子」といわれていた古田あたりから盛んに言われ出したことばではないかと思う。 
 和田も入団当初から「クレバー」であるといわれていた。まさにこの本も冒頭の和田へのインタビューのあとで、いかにその言葉から「クレバーさ」が感じられるか説いているのだ。

 本書によれば、和田は小学校4年生のとき、通信教育の「進研ゼミ」を「自らこれをやりたいと言い出し」、両親が「絶対に続かないから無理だ」と言ったのに「絶対に続けるから」と言い張って始めたところ、「自分で計画を立てて、毎月送られてくる教材をきちんとこなしていた」という。結局中学卒業まで続けたが「添削問題を溜めるようなことは、一度もなかった」らしい。驚愕である。私には100%できない。
 また、さらにすごいのは、高校進学の際、当時島根県きっての野球名門校だった大社高校にほぼ志望を決めていたのに、父親が勧める東京六大学への進学をにらみ、大社高校の大学推薦枠を調べたところほとんどが関西圏の大学へのものだったので、関東圏への推薦枠が多かった浜田高校に土壇場で切り替えたのだという。私など何も考えずに受験していた。
 プロになるずっと以前のことであるが、すでにして和田の「クレバーさ」がうかがえるエピソードであろう。

 「クレバーさ」とは何だろうか。たとえば猪突猛進・がむしゃら・根性といった概念は、クレバーさの対極に位置する気がする。要は自己の力量を的確に判断し、相手の実力を正確に把握し、計画を立て確実に遂行する。自己分析力、状況判断力、目標設定・遂行力であろう。

 ベストセラーとなったビジネス書『一冊の手帳で夢は必ずかなう』(熊谷正寿著・かんき出版)のように、例えば手帳に具体的な目標を、いついつまでに達成するか書きこみ、達成したらどんどん消していくといった「夢を実現する」方法を紹介した本が多く出版されている。ワタミの渡邉美樹社長の手帳をテレビで紹介しているのを見たこともある。それはものすごくぶ厚く、「達成済み」の消し込みで真っ赤であった。こうした方法が、効果がある人にはあるのだろう。
 芸能界においては、島田紳助が「クレバー」だとよく言われる。彼が芸能界入りする前から、何歳でどうなって何歳でこうなるといった計画を「グラフ」にして壁に貼っていた、という話もある。
 こうした話を聞くと、それが「クレバーな人たち」に共通する特徴だという気がしてくる。そして、こうしたことは私が最も苦手とするところである。「計画的」という語はわが辞書にはないようである。「段取り」という項目すら怪しい。まさに「いきあたりばったり」である。悲しくなるばかりである。

当初こんなに悲しくなるつもりではなかったのだが、『和田の130キロ台は~』は好著である。本書の本来のヤマ場は、大学における学生トレーナー土橋恵秀氏との出会い、二人三脚でのフォーム改良・球速アップの軌跡であり、その「130キロ台」でありながら打てないストレートを力学的に解明する部分である。また、そうしたレポートのはしばしに見られる、著者の和田投手に対する熱意や敬意が好もしい。いい本だと思います。

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