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第14回 「『新書』というジャンル」

 冬になるとこの業界では「今年の収穫」を振り返る。売上集計による年間ベストセラーだけではなく、純文学、ミステリー、詩歌、思想・哲学、経済・ビジネス、理工、児童書、コミック、文庫等々、それぞれのジャンルで重要と思われる作品がピックアップされて再度ライトを浴びる機会であり、これは冬休みの読書案内も兼ねている。

 自分でも振り返ってみる。すると気付くのは、結構「新書」が侮れないということ。

 上野俊哉『実践カルチュラル・スタディーズ』はちくま新書、香山リカ『ぷちナショナリズム症候群』は中公新書……。ついでだ。ここで唐突に2002年新書10選を決めてしまおう。

 1.上野俊哉『実践カルチュラル・スタディーズ』ちくま新書
 2.香山リカ『ぷちナショナリズム症候群』中公新書
 3.筑紫哲也『ニュースキャスター』集英社新書
 4.高橋源一郎『一億三千万人のための小説教室』岩波新書
 5.藤原帰一『デモクラシーの帝国』岩波新書
 6.宮本みち子『若者が《社会的弱者》に転落する』洋泉社y新書
 7.内田樹『寝ながら学べる構造主義』文春新書
 8.伊豫谷登士翁『グローバリゼーションとは何か』平凡社新書
 9.小沢牧子『「心の専門家」はいらない』洋泉社y新書10.アマルティア・セン『貧困の克服』集英社新書

 まあこんな遊びはいいとして、たいていの書店に設置されている新書コーナーについて今回は考えてみたい。新書とは文庫より少し背の高い「新書サイズ」で統一された各社のシリーズもので、内容的には幅広く、コミックを除くほぼ全てのジャンルを含んでいる。文庫の大半が一度単行本として世に出たものを「文庫化」しているのに対して、新書は基本的に新作である。毎月毎月新作をリリースしているので、月刊の論壇誌にも似て時事的な題材に積極的だ。またシリーズごとにいくらかターゲットが異なるものの、大雑把に言えば、その多くが、専門家が一般読者向けに書いた教養書、ということになる。単行本の『誰でもわかる○○』といった感じの入門書よりは少し専門度が高いだろう。

 さてこのようなシリーズをまとめて並べた新書コーナー。書店の中ではちょっと変わったコーナーである。たいてい書店の配列は、内容別になっている。文学は文学の、哲学は哲学の、経済書は経済書の棚にある。雑誌は例外だが、雑誌は書籍と違って「期間限定」商品であるから、別扱いになるのも理解できる。文庫は先に述べたとおり、普及版兼名作集という意味合いが基本的にはあり、これもまた、別枠になるだけの理由がある。しかし新書はどうだろう。新作で、内容は多岐にわたり、単行本との違いは、本のサイズ(と値段?)だけである。

 しかも新書コーナーの棚の中身は、出版社別(シリーズ別)の、刊行順配列(古いものから順にだんだん新しくなっていく)になっている書店が多い。文庫のような著者別あいうえお順ですらない。慣れきっているが、よくよく考えると不思議な展示方法だ。

 読者に対してはとりあえず、自分の興味あるジャンルの棚を見るだけでなく、新書コーナーのチェックも忘れずに、と言っておこう。単行本で刊行されていても買うであろう内容の本が、携帯サイズでしかも安く読めるのだからお買い得コーナーのようなものである。また、普段自分が立ち寄らないジャンルの内容の本も一緒に並んでいるので、もしかすると新しい読書の世界が開けるかもしれない。そういう意味では、新書コーナーにも意義があるように思える。

 しかし、各出版社の新規参入が相次いで刊行点数ばかりが増大している現在の新書市場について、書店での販売方法という側面から見直しを図る必要はないだろうか。

 実は先に新書が侮れないと述べたが、それはしっかりした内容の著作が新書という形態で刊行されているケースが少なくない、もっと言えば、新書を侮っていると中にはキラリと光るものもあるので要注意、という意味で、逆に毎月各社から刊行されている新書の全体を見渡せばネタの重複・反復も多く、正直言って平均的に上質とは言い難い。

 これは、書店が新書コーナーを設置している現状に、出版社側が甘えている結果とも言えるのではないだろうか。新書として出せば、とりあえず新書コーナーに置いてもらえるだろう、という甘え。

 同じ内容の本を単行本で出せば、より厳しい取捨選択の網にかけられる可能性が高い。内容的に確かなものだけが採用され、そうでないものは早々に返品されるだろう。「○○新書の今月の新刊」という肩書きが、その本に下駄を履かせているのではないか。

 そしてやはり、読者としては、同じ内容のものは同じ場所にあったほうがわかりやすいのではないだろうか。例えばカルチュラル・スタディーズに興味のある人にとって上野俊哉の新刊といえば絶対に見逃したくないもののひとつだろうが、カルスタの棚には日参していても、新書コーナーに立ち寄らなければ『実践カルチュラル・スタディーズ』に出会えないとしたら、どうにも納得がいかないだろう(もちろん大型書店では両方に置くということでこの問題をクリアしている)。

 いくつかの書店は、新書コーナーの棚の中身をジャンル別に編成している。これは買う本が決まっていないユーザーにとっては大変使い勝手がいい。しかし、新書と単行本の分断については何も解決しない。

 新書コーナーを廃止して、単行本の棚の中に著者や内容によって落とし込んでいく「完全分解」案が当然考えられるが、ほかに、例えば講談社ブルーバックスを理工書の横に並べている書店が少なくないように、ジャンル別に新書サイズ用の棚を設ける「分割移動」案もある(選書については、分割している書店が少なくない)。

 従来の書店に慣れている人からは、余計なことしないで今まで通りやってくれと言われるかもしれない。長い間続いている慣習にはそれなりの意味があるだろう。しかし新書市場の変化を見極めながら、もっと面白い売場が作れないか、考える必要はあると思う。いろいろな意見を聞きながら、新書の売り方を検討してみたい。

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