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第1回

 『石神井書林日録』(内堀弘 晶文社)を読んでいたら、『ブブノワさんというひと―日本に住んだロシア人画家』(コジェーヴニコワ 群像社)についてふれている。「ん?このタイトルに覚えあり、しかもこの本を手にして困った記憶が・・…」と頭をたたいた。『石神井日録』によれば、ブブノワ女史は日本の大正期芸術運動に関わったロシア女性ということだ。彼女も参画した『マヴォ』という前衛芸術雑誌は今ではマニア垂涎の的のようだ。

 ここまでくると思い出す、福岡店(01年11月オープン)の開店応援で美術書の棚づくりを手伝いにいった時のことだ。なにしろ美術書は年々出版点数が減少し、しかも品切れ続出の、一言でいえば「出版界の衰退王」ともいえる地位にある。ざっと見渡して案の定、発注した本のうちかなりが品切れのようで、ほとんどの棚はがらすき状態であった。唯一日本美術評論だけは追加発注や他ジャンルからの入れ込みをしなくても開店に持っていけそうな商品量がかつかつあった。ああよかった、楽なところが一箇所でもあって。思わず肩の力が抜けた。私は評論の棚をいつも年代順に作っていく。ついでだが日本美術評論の棚をみると明治維新がいかに衝撃だったかが深くうなずける。明治の画家達は怒涛のように流入する「西洋」と戦ったのだろう。

 そしてそこに「ブブノワさん」はいた。「誰、このひと?えー、ロシア女性?、しかしダサいタイトル!」「大正期新興美術運動」など皆目分からない私はどの本の隣に置けばよいのか困惑しながら、ぱらぱらとページをめくる。村山知義、東郷青児、うーん彼らは近代画家シリーズに収められているけれど単行本はない、少なくともいま手元にはない。ごめんなさいブブノワさん、どうやら日本はあなたのお世話になったようですが、こんな孤立無援の場所が居場所になりました。(『大正期新興美術運動の研究 五十殿利治 スカイドア』をあとで発見)私は「日ロ交流とはいえ、なんだか唐突で浮くよなあ」などといいながら、近代日本画家の伝記類の中に突っ込んだ。

 突っ込みながら思い出した。『ブブノワさん』を出版した「群像社」、ロシア文学をコツコツと日本に紹介している超零細出版社、そうだ『リス』(アナトーリイ・キム 群像社)を読んだのもこんな棚づくりの真っ最中だった。ほぼ一年前、私たちは池袋店の増床作業で死に物狂いで働いていた。なにしろ営業しながら売場を二倍に広げた、今考えてもぞっとする。通路のあらゆる所に本が積んであり、ほこりが立ちこめ、工事の騒音がひっきりなしに襲い掛かるなか、「すみません、工事中なのでお探しの本が売場に出ていません」などと言い訳をしながら、朝から晩まで働いていた日々であった(体力のある20代の社員は徹夜を続けた、あの真冬に)。昼食時だけが息抜きだった。バックヤードでダンボールの谷間に座りながら『リス』を読んだ。読みながらロシアの原野が市街地がそしてロシアの人々が頭の中をぐるぐるまわった。棚に本を入れながら作中の憑依したリスが私の中を駆け巡るようだった。今読んだら、あれだけ熱中するだろうか。読み終わった頃には売場移動もほぼ峠を越していた。

 入荷量が足りなくて右往左往したのは美術書だけではなく、ほとんどのジャンルであった(どうやら品切れだけが原因ではなかったようだ)福岡店もやっこらさとばかりに無事オープンし、どうにかこうにか滑り出したようだ。
 池袋店も出版界の不況をよそに(売場を2倍にしたんですから、売上も伸びますよね)静かな年越しであった。「去年の地獄に比べたら今年はのんびりとしていますね、ほらこんなふうに棚を変えてみました」などと嬉しそうな海外文学の担当者と棚づくりの話に花が咲いていて、「前よりずっと探しやすくなってなにより」などと自棚(?)自賛しながらロシア文学の棚をふっとみたら『ブブノワさんというひと』がちんまりとおさまっている。美術書にも多分あるのだろうが、まだ見ていない。

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